立ち込める熱気に高まる湿度。雲一つない晴天の中、燦々と日照りを降り注ぐ太陽は計らずして今夏一番の気温を叩き出した。じんわりと汗腺から湧き出るものは、まるで終わりを知らないかのように肌を伝う。


「あ、やまだやっし」

『甲斐…』


ぼんやりとグラウンドを眺めていた私の視界を覆うように影。ふと視線を上げれば体操着の袖を肩まで巻くし上げて頬には幾筋もの汗が伝っている。この日差しの熱にやられているというのに、それらを一切物ともせずその男は私の前へと現れた。


「こんな所でぬーしてるんば?」

『見て分からない?避難よ』

「避難?」


木陰にいても多少の日射は入っていたものだから、目の前に立たれたことにより完全に私に対する日差しは途絶えた。意図せずともこの状況は有り難い。そんな邪なことを思いつつ視線も合わさずそう言い放つ私に、現れた影、基、甲斐裕次郎は訳が分からないと言った口振りで聞き直すものだから、「暑さが苦手なの」と補足を入れれば、ああと一つ納得を零した。


「んで、サボり?」

『まさか』

「じゃあ、ぬーしてるんば?」

『自主見学よ』

「ようはサボりやし」


無意識ながらに私にオアシスを提供していた甲斐はハハと笑いながら、私の右隣にドカッと腰を降ろす。遮られていた日差しの侵入と無遠慮な甲斐の物言いに負けじと自分もじゃんと嫌みのように投げかければ、「わんぬチームさっき終わったとこやし」とこれ見よがしにグラウンドの一角を指す。


『…何してんの?』

「サッカー」

『にしては毒吐き過ぎてない?』

「そうか?あんなもんさー」


甲斐の指す方角へと視線を流せば其処には金糸を靡かせた王子さながらの外面と、その見た目に反してかけ離れるくらいの毒を吐きながらボールを追い回す男を筆頭に疎らに散らばるクラスメートの姿。何なんだアレは、と思わず訝しげに見る私を余所に隣で「凛わじってるさー」と呑気にポツリと零した。


『…凄いね』

「ぬーがよ?」

『ぜんぶ。私には暑くて適わない』


天頂へと登りゆく太陽はグラウンドをジリジリと焦がす。木陰から見る景色は暑さのあまり何処か蜃気楼のように定まらない。そんな中元気に走り回ってのサッカーだなんて私には到底気が遠くなる話だ。木陰から眺めるのでさえ、かなり気が滅入っているのに。


「ふーん…なぁ、やまだ」

『なに?』

「暑い?」

『…暑いわよ』

「そんなに?」

『死にそうなくらいよ』


わざとらしく、大袈裟に溜め息を一つ零せば、隣から小さく嗤い声。何が可笑しいのよ、そう言葉にする筈だったものは音に成ることなく、私の喉奥へと飲み下された。


『…っ…!?』

「しんけん。でーじ熱いさぁ」


ゾクリ−…、まるで電流が流れたかのように大きく背筋がしなった。


『な、にしてんのよ…!』


何事もないかのように舌で唇を舐める目の前の男は、あろうことか私の首筋を、舐めたのだ。


「ぬーんち、わじってるんばぁ?」


それを意味が分からないといった風に、小首を傾げる仕草を見せる意味が分からない。意味が分からないのはこっちの方だ。


『舐める意味が分からない』

「やしが暑いってあびたんやまだあんに」

『だから何で舐めるのよ』


挑むような視線を寄越せば、それを気にすることもなく、甲斐は笑った。「死にそうなくらい暑いってどんなもんかの確認」と零すと、また私の首筋を伝う雫を小さく吸い上げた。


「なぁ、やまだ」

『…何よ』

「      」


耳元で呟かれた言葉に目をまん丸く見開く私に対し、甲斐はニンマリと酷く満足げな顔をする。そしてまた何事もなく「次わんぬチームの番やし」とジリジリと焦げる陽炎の中へと身を投じて、あの密集した群集へと甲斐は消えていった。


『…あつい』


太陽は最早頂を得たようで自身の存在をこれでもかという程に存分に主張している。それと比例するかのように、肌を幾筋もの雫が伝っては鎖骨に球のように流れては溜まる。…暑い、熱い、アツイ。


『あつい…』


一気に血液が沸騰した気がした。集約した耳元から幻聴のように聞こえる、音。その音が私の鼓膜を揺らしたとき、きっと私は熱に侵されて私ではなくなるのだろう。


“どうせなら、わんぬ想いで溶けてしまえば良いさぁ”


そんなもの、最早今更の話だ。だって私は誰よりも、この暑い夏と鬱陶しいくらいの熱を持つ男を、煩わしく愛して止まないのだから。


熱で融解
(一層のことドロドロに溶け合いたい)

20130723

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