『白石くん、もうすぐ予鈴が鳴るよ』


鈴が鳴るような可愛らしい音に鼓膜を優しく叩かれ重い瞼を持ち上げれば、視界には隣のクラスで同じ保健委員のやまださんが立っていた。


『起きた?』

「俺寝てたんか…」

『うん』


保険医に頼まれていた委員会の仕事を思い出し弁当を持って保健室に向かったのが昼休みが始まってすぐの話。思った以上に書類整理も早く終わり昼食を食べた後ゆっくり微睡んでいたが、まさか一時的に寝入っていたとは思わなかった。


「うわ〜本真堪忍…」

『いえいえ』

「てか、やまださんは何で此処におるん?」

『私はちょっとヘマしちゃって…』


へへっと小さく笑いながら右手をあげて見せた手首。階段を踏み外して着地したは良いけど手首を捻ってしまったと、少し恥ずかしそうに教えてくれた。…が、その色はあまりにも赤く想定外に腫れている。


「むっちゃ腫れてるやん!」

『思った以上に体重掛けちゃったみたい。でも骨は大丈夫』

「まぁ折れた感じはなさそうやけど…気ぃ付けなアカンで?」

『本当にそうだよね〜でも私運が良かった!右手だったら大泣きしなくちゃいけないとこだったよ!』

「そらそうやけども…」


そういう問題とちゃうやろ、という言葉は静かに喉の奥へと飲み下す。きっと言ったところで笑って大丈夫と言われて終いだ。まだ一年に満たない付き合いだが彼女は初めからこうだった。本当にキツかったらきちんと告げてくれる筈だ。それでも女の子やのに、という想いから一つ溜め息を零しつつ机の上にあった救護箱に手を伸ばした。


「ほら」

『ん?』

「手、貸し」

『え、何で!?』

「何でって手当てしやんとアカンやろ」

『いや自分で…』

「出来る、言うんは却下。いくら器用でも片手は難儀やで?」

『でも…』

「でももやってもナシや」

『恥ずかし…!でもなら甘えます!』


お願いします。そうポツリと零しつつ差し出された左手を受け取ると、むっちゃ腫れた手首。赤みを帯びて熱を持っているのがなんとも痛々しさを増幅する。チラリと視線を配せば、痛くないよと悪戯に嗤った。

やまださんは何処までも前向きで、良い意味で感心する。正直女の子は上手く本質を隠すから当たり障りのない会話しかしないことが多かったのだが、この目の前にいるやまださんは初めからこうだった為何故か会話が弾む。裏も表もない、儚げに見える外見とは裏腹にノリが良く豪快に笑って見せる彼女のギャップにツボったのはまだまだ記憶に新しい。


「………………」

『………………』


開け放した窓から柔らかな風が入る。ふわりと風と遊ぶように靡く、髪。手入れはしっかりと施されているのに、一切の無駄が無い艶やかな黒髪に目が奪われ思わず手が止まる。


『どうしたの?』

「髪、」

『ん?』

「髪、むっちゃ綺麗な思うて…」


何言うてるんや、俺。まるで変態みたいやないか。でもやまださんのことやし「冗談言わんといてー」とかいうていつもみたいに笑って流されると思うた。なのに…


『あ、…ありが、とう』


顔を真っ赤に染めて俯くんは想定外。染められた朱色は耳までにも達していて、今まで一度も見たことがないやまださんの表情に目が離せなかった。


「(そんな顔反則やろ…っ)」


触れた箇所から段々と熱が帯びる。…離したくない、そんな想いを見付けた俺はこの距離を埋めたいと思った。俺とやまださんの間に優しく風が靡く。まるで時が止まったような感覚の中、午後の始まりを告げる鐘が一つ遠くで響いていた。


距離と距離の間
(手から伝染する淡い微熱に酔わされる)

20130426

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