北風が頬を掠める。沖縄と違い日が照っていようと関係なしに身を刺す寒さはあまりにも辛くて、 自然と身が縮こまるのが判る。何なんだ、この寒さ。
『裕次郎寒がりすぎ』
身を縮こめているわんの顔を覗き込む大きな双眼。わんの隣で肩を並べて歩くやまだはなこだ。
「いや、有りびらんくらいひーさんやっし…」
あまりの寒さに声までもが震え、情けないものになっている。 だが、寒いものは仕方ない。沖縄では冬といえどここまで冷え込むことはまず少ない。他府県の冬が厳しいというのは聞いていた話ではあったが、まさか此処までだとは…「まぁ、沖縄とは違うしねー」想像を逸脱する寒さに身を震わすわんを見てはなこは隣でカラカラと笑った。
「やーは慣れたんばぁ?」
『んー…大分、かな。もう3年経つけどまだまだ冬の寒さには慣れないね』
はなこは少し考える素振りを見せながらも慣れないとポツリ。はなこは元々沖縄に住んでいたのだが、親の都合で急遽中学を卒業すると同時に東京へ引っ越すことになってしまった。東京に来て3年経ったとはいえ、やはりこの寒さは身に堪えるものはあるだろう。
「まぁうちなーの暖かさで育ったならくぬ寒さは辛いやー」
『やっぱそうだよね!本土の人は凄いよ、本当』
激しく同意してみせるはなこを見てわんも首を縦に振る。先ほどから当たり前のように頬を掠める風は寒いという次元を越えて痛覚までもを刺激するのだから驚きが隠せない。
『そういえば裕次郎、親戚には連絡した?』
「おー任さんけーバッチリあんに」
『なら良かった!』
わんは生まれも育ちも沖縄、それは今も変わらず現在進行形で続いている。そんなわんが何で東京にいるかと問われれば、全国に出場した学校のみ参加出来るテニス部の合同合宿がこの東京で行われるからだ。
わったー比嘉中は市立だったのだが、上手いことに当時レギュラーだったメンバーが揃いに揃って同じ高校に進学。丸3年が経った今、中学の時と変わらない顔ぶれが並んでいる。事実上引退という形を取っているのだが、現役を退きたくない想いから今でも部活に顔を出して身体を動かしていた矢先舞い込んできたこの話。2年のみならず引退した3年も参加可能だというものだから、どういうことかと蓋を開けば何のことはない。あの氷帝学園の跡部景吾が主催だと聞いたとき、妙に形に嵌まった。アイツもテニス納めをしたいんだなって。
『てか、何で裕次郎だけ?他の皆は?』
「あぬひゃーたちよりへーく来たかったんさぁ」
『え、何で?』
「はぁ…ぬーもねーらん…」
『え、ちょ、何で溜め息!?』
小首を傾げるはなこに胸をときめかせながらも、心の中では地団駄を踏む。本当は東京に来るのは明日で、一昨日までそれで決まっていた話だった。でもやっとはなこに会えるんだなって思うと、わんの中の何かが止まらなくなっていて気付いたら沖縄を飛び立っていた(勿論チケットは取り直したし、後で永四郎にも連絡はした。携帯が壊れるんじゃないかってくらいの怒号が響いたけども)一日早く到着したわんは当然ホテルなんか泊まれる訳はなく、親戚の家で世話になる予定だ。
やってしまった、という気持ちはあったが、そんなことよりも会いたい気持ちが先走って仕方なかった。メールや電話なんかじゃ全然足りない。明日の永四郎が怖いとビビっていたのもほんの一時間程の話で実際にはなこに会ってしまえば、そんな気持ちとっくに飛んでいってしまった。急に電話した時のはなこの驚きようはわんも苦笑いするしかなかったけど。
『ねぇ、裕次郎…』
「あい?…って、うわ!ぬーそーが!?」
『へへっ…あったかーい!』
少し、ほんの少しわんの男心を分かっていないはなこに不貞腐れていたら、あろうことか羽織っていたジャケットのポケットにはなこの手が忍び込んできた。いきなりのことでビックリしたのと同時に、突き刺すような寒さの中、唯一手だけでもと暖を取っていたにも関わらず見る見るうちに奪われていく体温。
「はなこ止めれ!」
『いや』
「やーにもポケットはあるあんに!」
『んー…それじゃ駄目なんだよね』
「ぬーんち?」
『だってさ、…裕次郎の体温を感じたいんだもん』
淋しかったのは裕次郎だけじゃないんだよ、照れたように笑いながら小さく零したはなこが酷く愛おしいと感じた。わんの体温が分け与えられて段々とポケットの中で温もりが広がる。
「やっぱそうだよな…」
『ん?何か言った?』
「いや、ぬーもあらんさぁ」
小さな空間で繋がれた手は沖縄では恥ずかしくて有り得ない、でもわんが気にしている以上に周りは気にしていない。東京の人混みは好きにはなれないと感じていたが冬だけは好きになれそうだ。体温を戻すはなこの手を握り直せばわんとは違う暖かさ。心の奥がほかほか、する。
「はなこ」
『なに?』
「かなさんど」
『ちょっ、こんなとこで何言って…!』
「ははっ、たーも気にしてないさぁ」
この温もりを手放したくない。兼ねてから考えていた東京への進学を思い切ってみようと小さかった可能性を少しずつ思案しながら、はなこのオススメだという場所へと二人寄り添いながら足を運んだ。
きみの手
(感じる鼓動が重なる暖かさ)
20130330