『凛ちゃんおはよ!』


バンッッと鳴り響く自室のドア。何事かと眠気眼で顔を上げれば、ドスンと感じた軽くも重くもない重み。グシグシと目を擦りつつようやく開けた視界には珍しく朝から鬱陶しいくらいに元気なはなこがわんの上に乗っていた。しっかり制服は着用済みで。…今何時だと思ってるんだ。


「えーはなこ…今何時だと…」

『凛ちゃん!』

「あい?」

『おはよう!』

「…うきみそーち…」

『へへへっ』


はなこを咎めるつもりが力強く挨拶を強いられ出鼻を挫かれる。何なんだコイツは。いつもなら低血圧で朝は割りかしらテンションが控え目な筈なのに、何故か今日は日中と差ほど変わらない状態だ。わんが挨拶したことで一先ず満足したのかヘラヘラ笑っているはなこを取り敢えずわんの上から降ろす。その際ブーブー垂れているがそんなこと知ったこっちゃない。


『何で凛ちゃん降ろすの!?』

「くぬふりむん。いきがの上に簡単に乗らんけー」 

『だって凛ちゃんだもん!』

「わんやからとか関係あらんし」

『意味分かんない!』

「それはわんぬ台詞さぁ」


いつものことなのにぃ…と不貞腐れているはなこをベッドの傍らに移動させ、カーテンへと右手を伸ばせば燦々と降り注ぐ朝日に目を細める。今日も絶好のテニス日和さぁ。


『りーんーちゃーん!』

「おわっ!」


意識はすっかり窓の外に持ってかれていたものだから、いきなりの襲撃に驚きを隠せない。先ほど腹の上で感じていた重みがそのままわんの背中にのし掛かる。犯人は間違いなくわんの上から降ろしたばかりのはなこだ。


「こら!ぬーの為にさっき降ろしたんど!」

『いい天気だねー』

「…やーわんぬ話聞く気ないだろ」


背中にびっとりとくっつくはなこに溜め息が一つ零れる。一体どうしてこんなお転婆に育ってしまったのやら…見目だけならそんじょそこらの女には負けてないはずなんだが、チビん頃からのヤンチャさがそのままだ。…それはそれでコイツの良いところだと思ってしまう辺り、わんもなんだかんだではなこには甘いと思う。


『凛ちゃん』

「ぬーやが?」

『今日良いお天気だね』

「おー」

『暖かいようで寒いんだからねー!』

「やーやないあんに…知ってるばぁよ」

『もう…ねぇ、凛ちゃん』

「今度はぬーばよ?」


“15歳のお誕生日おめでとう”


はなこは顔をわんの背中に埋めながら小さくそっと囁くように零した。あー…そういや今日はわんぬ誕生日あんに、と何処か他人ごとのように考えていたのだが、それと同時にようやく腑に落ちた。朝が苦手なはなこが此処にいる理由。さっきまでの勢いは全く何処に消えてしまったのか、今ではわんの背中にくっついたまま借りてきた猫のように大人しいはなこに思わず笑いが込み上げる。


「はなこ、にふぇーどー」


恥ずかしくて顔を隠しているつもりなんだろうが、残念ながらわんの机にある昨日仕舞忘れた手鏡にはバッチリはなこの顔が映っていて…それがあんまりにも赤いから茹で蛸かと思ってしまうほどだ。


「(じゅんにやくぬままからかっても良いんだが…)」


隣で恥ずかしさのあまり暴れられても適わない。何よりこの愛おしい体温をもう少し満喫したい、というのも理由の一つではあるのだが。


「(今日はいい天気さぁ…)」


部活が終わったらくぬままはなこを連れて水族館に行くことにしようか。そうしたらきっと、でーじ幸せそうな顔をするんだろうな。 バクバクと壊れてしまうんじゃないかってくらい、鼓動を叩いているはなこを横目にわんは大きく一つ伸びをした。




始まりの日
(15年目の一日目も、これからも、この先もきっとコイツから始まる)


20130304

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