左の臓器が確かに跳ねた。それは驚きとともに小さなときめきも含まれていた気がする。
『精ちゃん似合う??』
綺麗に眼前に微笑んでいるのは自身の十数年来の幼なじみ。はなこはスカートのフレアをひらひらさせながら、おばさんに着せて貰ったのと喜びを顕わにした。
『似合ってない??』
「そんなことないよ、」
『お世辞とか嫌だよ??』
「大丈夫。似合ってるから安心して」
『なら良かった』
クルクルと表情を変えるはなこは幼なじみとしての贔屓目を無しにしても十二分に可愛い。特別顔の作りが良いというわけではないのだが、はなこ特有の和やかな雰囲気は男女問わずに好評で学校でも五指に入るほどにモテる。
『精ちゃんに褒められると嬉しいなぁ』
「そう??」
『そうだよ!いつもはあまり褒めてくれないもん』
「気のせいじゃない??」
『まさか!』
何年精ちゃんと幼なじみしてると思ってるの。自身の不満をアピールする様に唇を尖らせてぶーぶーと零す。それがなんだか可笑しくて吹いたら、どうやら本格的に機嫌を損ねさせてしまったらしい。もういい、そう一言を漏らして拗ねてしまった。
「そう拗ねるなよ」
『精ちゃんなんか知らない、』
「全く…」
どうはなこの機嫌を治そうか。様々な思考を繰り返しながらはなこを見ると、ふと感じた妙な違和感。まじまじとよく見ると伏せられた瞼には色鮮やかなグラデーション、綺麗に伸びた漆黒の睫毛に淡い桜色の唇。
「はなこ、化粧してる??」
『…なに、今更気付いたの??』
じっとりとした視線に思わず苦笑い。でもはなこが化粧をするのは珍しい。いつもは友人に奨められても頑なに断っていたのに。
「はなこが化粧って珍しいな」
『精ちゃんのお姉ちゃんがしてあげるって言ってくれたのもあるけど、』
「けど??」
『…可愛く、なりたいから』
素直に驚いた、というのが正直な感想。幼い頃から一緒に居たのにはなこのこんな表情は初めてみた。例えるならば、
「好きなヤツでも出来た??」
恋をしている女の子の顔。どうやら図星を得ていたようで、突如顔を真っ赤にしてあたふたし始めた。え、あの、その。言葉にならない言葉の繰り返し。…焦り過ぎだろ。
「そうなんだ??」
『…うん』
面白くない。何がそんなに面白くないのか自分でも分からないけど。でもさっきより苛立っている自分が確かに其処に居た。俺の知っているヤツ??そう問えば、小さい頃からずっと好きな人。と答えられた。
「なに、林??」
『違う、』
「それとも小谷??」
『それも違う、』
「…じゃあ、上野」
『違うよ、精ちゃん』
綺麗に笑うはなこは化粧をしているからなのか凄く大人びていて。あまりにも優しい瞳を見せるから、急に置いて行かれた気になった。俺のが一つ上の筈なのに。
『好きなのはずっと一緒に居てくれてる人。ずっとずっと背中ばかり見てたから、』
今度は隣を歩ける様に頑張りたいの。そう真っ直ぐに見据えたはなこを見て気付いてしまった。自意識過剰とか自惚れとかそういうものではなくて…きっとはなこは俺が好きだ。
『ねぇ、精ちゃん。綺麗になったら告白していい??』
「…告白してるのと変わらないじゃないか」
『ううん、全然違うよ』
だってこれは精ちゃんに女の子として意識してもらいたいから言ってることなの。はなこは今日一番の笑顔で笑った。それは俺の中のはなこが妹から女に変わった瞬間だった。
君への想いが変わる時
(ずっと傍に居たのに気付かなかった想いの深さ。気が付けば君は綺麗になっていた)
20101222