『仁王なんか大キライ!』
「やまだ!」


後ろから仁王の声が聞こえた気がしたけど、駆け出した私は止まらなかった。悔しい、悲しい、辛い…悲しい。心の中はそんな想いで一杯だった。どうして、なんて愚問なのかもしれない。だってさっきの仁王の言葉が答えなのだから。


『ふっ…うぅ…ッ』


今日初めて化粧というものをした。いつもは部活ばかりでそういった類のことをしたことはなかったのだけれど、友達が休み時間にしてくれたのだ。少しは女の子らしくしなさい、と言いながら。広げられた可愛いコスメに目を奪われた私を微笑ましげに見た後、友達は慣れた手つきで私の顔というキャンパスに色を乗せていった。いつもの自分と違う自分。それはまるで陳腐な言い方をすればシンデレラが魔法を掛けられた様だった。(とどのつまりは一級品とは言えずとも自分がとても可愛く見えたのだ)


『凄い…』
「でしょー??」


別に世界の何かが変わった訳ではない。にも関わらず、この言い難い高揚感は一体何なのだろうか。別に自意識過剰に自分が可愛いなどとは思ったことはないが、特別不細工だと卑下するほどではないとは自負している。ただ普通、普通なのだ。判りやすくいうのであれば中の中、良い評価を下されたとしても中の上くらいだろう。容姿に優劣を付けてしまうのは可笑しな話ではあると思うが、思春期の頃合いというものは他人と自分をついつい比較してしまう。


「多分仁王くんも喜ぶよー」


その言葉に私の胸は踊った。仁王とは付き合ってまだ三ヶ月、一年の片想いの末見事成就したこの想いは冷めることなく熱を持ち続けている。自身の性質と仁王の性格柄、周囲の恋人たちの様に甘い蜜月を迎えている訳では決してない。友達の期間が長かった為か付き合いは友達の延長線上に限りなく近いものではあるが、纏う空気は確かに友達の時に得られなかったものだ。それが嬉しくて幸せでこの時間がずっと続けば良い、と有り得ないことを考えてしまう私はなんだかんだで浮かれていた。


仁王に可愛いと言ってもらいたい。その一心で放課後仁王の元に向かったというのに。


『ふっ…うぅッ』


私の涙に限界というものは無いのだろうか。否、それ程悲しかったのだということの証明なのだろう。現に私は胸が張り裂けてしまうのではないのだろうか、と自身の身を案じる程辛く痛い。


信じていた。というのは可笑しな表現かもしれないが、それでも仁王なら喜んでくれると思い込んでいた自分がいた。恥ずかしい、悲しい、辛い。


「似合わんから今すぐ落とせ」


いつもの方言交じりの口調は影を潜め、代わりに今まで聞いたこともない強い口調で言い放たれた。目すらも合わせてくれなくて、それが余計に距離を感じた。いつもみたいに戯ければ良かったのに、口を突いた言葉は大っキライの一言。全くもって可愛いげがない。もっと余裕をもって流せなかったのだろうか。大っキライと言い捨てた時の仁王の顔が脳裏にこびりついて離れない。怒りを含みながらに、でも悲しみの色が見えた瞳。仁王にあんな表情をさせてしまった。それだけで気分は更に降下するばかり。


『(落とそう…)』


目はすっかり腫れぼったくなり、折角施されたものも砂上の如く崩れ去った。きっと今の自分の顔はこれ以上にないくらい酷いものだろう。クレンジングといった類のものを友人に借りて一先ずこの酷い顔を一掃しよう。そして仁王に謝りに行こう。そうすればまた仲良く戻れる筈だ。似合わないなら仕方ない、仁王に嫌われるくらいならしない方がマシだ。そう決意し部室から出たその時。


「やまだ、」
『え、』
「迎えに、来た」


部室のドアを開ければ仁王が壁に体重を預けていて、やはり先程と大差代わらず表情は不機嫌な色に染まっていた。否、一つだけ違うのは心配そうに揺れた、いつもの優しげな瞳。


『にお、…』


ゴメン。その言葉は音には成らず、仁王に全て飲み込まれてしまった。いつもと違う深い深い口づけに戸惑いながらも、しっかり仁王の熱を堪能する。目を開けば真摯な仁王の瞳が其処にあって頭の芯がクラクラしそう。ようやく解放された時、仁王はすまんと一言零した。


「傷付けるつもりなかったんじゃ…」
『え、』
「泣かせて、ゴメン」
『そんな…私の方こそ、』
「謝るな、…俺が悪いんじゃから」
『で、でも…!』
「…嘘じゃよ」
『え…??』
「似合わんとか嘘じゃ、…ほんに可愛かった」
『でも、だって…!』


右手を引っ張られた。そう気付いた時には私は仁王の胸にダイブしていた。先程のキスの余韻からか互いの心音は頗る速くて、顔が蒸気するのが判る。強く強く仁王に抱きしめられて、感じた安堵感から止まった筈の涙がまた溢れ出した。


「似合っとったよ。嘘じゃない、本当に。…ただほんに可愛過ぎて、他のヤツらに見せたくなかったんじゃ…」


私の頬を左手で拭いながら、ばつが悪そうに顔を背ける仁王。いつも飄々としていて何事にもあまり動じない。その仁王が感情を顕わにするとは思わなかったから、何故か余計嬉しさが込み上げる。


「笑うな、」
『だって仁王が-』
「…もう黙りんしゃい」


さっきとは違う啄む様な口づけ。触れる優しさから好きが溢れて止まらない。


「あー…余裕なさ過ぎて格好悪いからもう笑わんで」


ぷいと顔を背けてしまった仁王に言葉にし難い感情が込み上げる。どうしようもない位、仁王が愛おしい。


何も言わず無言で差し出された左手。私も無言で手を差し出せば、ぎゅっと強く握られいつもの様に歩きだす。自身が手ぶらだと気付いたものの、仁王の右手には仁王の鞄とお気に入りのキーホルダーが付いた見慣れた自身の鞄。どうやら放り出した鞄を仁王は持ってきてくれたみたいだ。…私、今どんな顔になってるんだろう。泣いてばっかだったから、間違いなく酷い顔してるんだろうな。でも今凄く幸せだからもうどうでも良いや。


『ねぇ、仁王』
「…なん??」
『好き、だよ』
「俺も好きじゃよ」
『知ってる、』
「…俺にだけ見せてくれるんじゃったら、化粧しても良かよ」
『え??』
「いいや、…何でもなか」


本当に小さい声でボソリと呟いた言葉はしっかりと私の鼓膜を揺らした。…どうして仁王はこんなに私を嬉しくしてくれるのだろうか。今度は友人に化粧の仕方を教わろう。そして来週は仁王の誕生日だからケーキを焼いて、一番可愛い私で仁王をお祝いしよう。その時は名前で呼べたら良いな。


「どうしたんじゃ??」
『ううん、なんにも!』


この先もこの手の温もりを感じて生きていきたい。私の小さな願いを月が微笑っていてくれている気がした。






私の想いは君次第
(嬉しいも悲しいも、辛いも愛おしさも、全部全部君次第。もっと一杯私の中を君への愛おしさで満たしてね)


20101129
【銀色に心から愛を!】
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