バンッッ、部室から飛び出した。逃げ出した際に視界の片隅でにっこりと微笑む幸村を捕えた気がする。うん、気がするだけだから多分問題ない。本当に問題ない、とは自信持っては言いきれないケド。ただ今は逃げるしかない、幸村より真田より何よりも仁王から。部活中だとか関係ない、今はただただ必死に逃げる。先程まで頬に集まっていた熱は驚く程引いていた。これが俗にいう血の気が引くということなのだろうか。テニス部のマネージャーを勤めて早二年の月日が経とうとしているが、如何せんながらに脚力には恵まれなかった様だ。可笑しいな、腕には力こぶが出来るまで筋力が付いたというのに。全力疾走がこんなにしんどいものだとは思わなかった。


「やまだッッッッ!!」


縺れる足に叱咤しながら駆け出したというのに、気が付けばあれよあれよと追い付かれてしまった。勿論、幸村や真田やましてやジャッカルでもなく、私が逃げ出した原因である仁王本人にだ。左手を伸ばされ捕まれた右手、突如の停止に私の体は後ろ向きに仁王の胸へとダイブする形になった。私の逃走劇は僅か10分足らずで幕を閉じることになったのだが、その代償はあまりにも大きかった。文句の一つや二つ言ってやろうと試みたものの声が出ない。あーくそ、なんで私がこんな目に。歯を食いしばれば下唇がキリキリ痛む。血が滲んだのか鉄の味がじんわりと広がった。


「そないに食いしばるな、」


ほれ切れとる、優しく唇を撫でる行為に心臓は不謹慎に跳ねた。だけど、そんな自分を叱咤する。これに何の感情もない、自惚れるな自分。現に仁王には…そう思考したところで涙腺が決壊。仁王に両手を捕まれた私は拭うことすら適わず、水は思うがままに頬を伝った。ぼろぼろぼろぼろ、ぽたぽたぽたぽた。地面には数多のシミが出来上がる。はは、何泣いてるんだ私。


「なぁ、さっきの話本真??」


ううん違うよ、そんなことある訳ないじゃん。仁王自惚れ過ぎだから。いつもなら言える軽口すら出てこない。首を横に振りたい。寧ろ振らなければいけない。なのに動かない動けない否、動かしたくない。駄目だって解っているのに知ってほしいと思った。俺らの関係解っとる??、続けざまに告げられたその言葉に、口内の鉄分の割合が増した気がした。知ってるから辛いんじゃん、なんて言える筈もなく、ポロポロボロボロ。


「…こっち向いて、」


嫌だ、絶対向かない。今最上級に不細工だからとかそんなんじゃなくて、向き合ってしまえば終わりがくる。付き合ってる訳じゃないから本当の意味の終わりではないケド、きっと今の関係には戻れない。でもどっちにしても同じなのかな、仁王は気付いちゃったから。私が仁王のことを好きだって。


「お前だけは違うと思った、」


悲しげに零す仁王の言葉が痛い。ゴメン、困らせてゴメンね。私も最初は思ったよ、自分は他の女とは違うって。絶対に絶対に仁王のことを好きにならないって自信があった。仁王が初めて認めてくれたことが嬉しかった。女の全てを拒絶した仁王が私を受け入れてくれたのが、何故か凄く凄く嬉しくて私絶対仁王の友達で居るって心に決めたのに、裏切ってゴメン。ゴメン、ゴメンね仁王…


「まったく…」
『…え?』
「泣くんなら俺の胸で泣いて」


ポスン、と小さな音がした。先程まで視界一杯に広がっていたのは憎らしい程の青空と木漏れ日が漏れる中庭+αで涙のフィルター付き、今現在私の視界に広がるのは見慣れた芥子色のジャージと我が立海のエンブレム。何が起きているのか判らないと思うのは私だけだろうか。


「なぁ、やまだ」
『…何、』
「何で泣いとるん?」
『悲しい、から…』
「何で悲しいんじゃ?」


仁王が好きだから、叶わない想いが辛いから。なんて言えない、言いたくない。ふるふると首を横に振れば仁王の両腕に力が篭った。


「俺、期待して良いんじゃな??」
『え…??』
「やまだが、俺のことを好きって」


見上げれば其処には先程見た問い質す様な表情はなく、優しく微笑む仁王の姿。いつもと同じ代わらない笑顔。


「幸村の話聞いて勘違いしとるみたいやケド、」


俺が好きなんはお前さんだけじゃから、その言葉と同時に強く抱きしめられた。抱きしめられたその熱は間違いなく本物で、嬉しくて嬉しくてさっきとは別の意味で涙が伝った。視線をズラせば幸村が良かったね、と口パクをしているのが見えた、ああ騙されたんだ私。仁王は仁王で嬉しそうに笑っているし。後で憎まれ口の一つでもあの最強の魔王様に叩いてみよう、そう心掛けながら折角手に入れたこの熱をもっと堪能しようと私もそっと仁王の背に腕を回した。好きだよ、の二年間温め続けた想いも添えて。






手に入れた温もり
(あの時逃げ出した理由??君に好きな人が居るって聞いてこの関係が壊れてしまうことが怖かったの)


20100722

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