『嘘…、』

「嘘じゃなか、」

『…信じない』

「…うん」

『馬鹿、嫌い』

「それでも良か…」

『嘘吐き、』

「ゴメン、…ゴメン」

『好きだよ、』

「…俺は愛しとる」


好きだよ、好きだよ雅治…。譫言の様に呟くはなこを見て締め付けられる胸。痛い、痛い、イタイ。はなこの泣き顔が辛くて仕方なかった。白い肌を伝う一筋の雫。涙で濡れたはなこの頬に手を伸ばすものの、寸前のところで握り絞める。違う、触れていいのは俺じゃない。はなこにこんな表情をさせているのは俺。紛れも無い俺自身。伸ばした手ははなこに触れることなく、静かにそっと空を切った。


『雅、はるぅ…』


触れていいのは俺じゃない。…俺じゃない。そう言い聞かせているのに、何故か涙が溢れ出して止まらない。…何故??そんなものは愚問だ。なぁはなこ、お願いやから泣かんで。俺の所為やってことくらい、十二分に理解しとる。でも最後ははなこの笑顔を見たい。はなこが好き、どうしようもない位に好きなんよ。


『傍に居るって、言ったじゃないッッ!!』


はなこは俺を抱きしめる。強く強く縋り付く様に。そんな二人を見る俺。自分なのに変な気分。まるで其処だけ切り取られた写真を見ている、正にそんな感覚だった。


『…雅治、…』


昨日はなこと喧嘩した。原因は他愛のないこと。部活の試合が長引くから、兼ねてからの約束であった水族館を反古したのだ。以前からの約束であったからかはなこは存外に楽しみにしていて、いつもと違い珍しく騒ぎ立てた。俺に非があるのは重々承知の上だったのだが、試合に負けたことも重なり、激情してしまいはなこに辛く当たって謝罪もなしに別れてしまった。帰路に着くものの、頭を過ぎるのははなこの顔。居てもたっても居られなくなって、財布だけを握り締めはなこの元へと駆け出した。自身の非を詫びて仲直りして、明日は無理でも次の日曜日にでも約束通り水族館に行こう。…そう告げる筈だったのに。


『あたしを置いて行かないで…』


鼓膜を揺らす経に軽く目眩が起きそうだ。鼻孔を付くのは焼香の香り。視界には涙を流すはなこを初め、両親・テニス部レギュラー・クラスメートといった多数の人間。一番前に鎮座するのは貫禄のある袈裟を纏う坊主に、黒い箱の中で花に覆われ眠る俺。はなこはそんな俺を小さな窓から手を伸ばし抱きしめながら泣いている。まるでブラウン管を通してドラマか何かを見ている気分だった。だって俺は此処に居る、此処に居るのに。誰も気付かない。両親もクラスメートもレギュラーも、…はなこでさえ。声を発せれるのに誰の鼓膜も揺らせない、触れたいのに感触を感じる前に通り抜けた。


『雅治…』


届かぬ声ならば枯れれば良い。触れられぬなら手足も要らない。誰の視界にも映れないなら、何もかも見えなくなれば良い。なのに何も出来ない、どうにもならない現実を突き付けられた俺は、ただただ歯を食いしばって光景を見る他ままならなかった。






もう一度願いが叶うならば
(ただもう一度君を抱きしめて好きだと伝えたい、…名前を呼んで傍に居られる夢をずっと君と見たかった)


20100617

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