好きじゃないと知っている。だけど逸る気持ちは止まらなくて。やまだ、そう一言名前を呼ばれるだけで私の左の臓器は激しく高鳴り狂い出す。


「可笑しな顔じゃのう」
『仁王に言われたくないし』
「僻みはよくないぜよ??」
『……五月蝿い、馬鹿』


冗談めいた話が出来る。それは私だけの特権。立海男子テニス部レギュラー、それが私の隣の席である仁王雅治の肩書き。コート上の詐欺師と謳われているが実際の所、他の同輩の男子たちと大差ない。ただ容姿端麗、運動神経抜群、不真面目だけど成績優秀。あれ、やっぱり少し秀でている気がする。だけど本当に他の男子と大差ないのは紛れも無い事実です。休み時間になれば放送禁止用語スレスレの下ネタを繰り出すし、新作のゲームを借りて次の日寝坊してきたり、友達と言い合いして授業を不貞寝してみたり。本当に他の男子と大差ない。別に初めは好きじゃなかった、好きになるつもりもなかった。…なのに。


「なん、生理痛??」
『もう本気死んで、今すぐに』
「つれないのぅ」


あの時放課後の教室で涙を流しながら仁王が笑っているのを見たから。悔しそうに、だけど自嘲気味に。いつも見ている人を食っているかの様な態度は微塵も感じさせず、在るのは弱々しい姿だけで、ただひたすら涙を拭いもせず流していた。関わるつもりなど毛頭なかったのに、気が付けば私は一歩足を踏み出していた。なんじゃやまだか、と弱々しく絞り出されたあの声は今でも忘れられない。どうしたの、と問えば何もなか、と返されて。だけど気になってしまったから引き返すつもりにはなれなくて、辛いことは人に話すと少しは軽減されるんだよ、と言えば、沈黙の後仁王はポツリポツリと言葉を零した。どうやら仁王は周囲の人間にバレない様にマネージャーと付き合っていたらしい。でもその事実が一部のファンにバレて彼女は危害を加えられていた、仁王が知ったのは彼女が精神的に追い詰められて立海を去った後だった。ただ好きなだけなのに何で、と零す仁王は酷く痛々しかった。ただの好奇心で首を突っ込んだにも関わらず、存外に締め付けられた私の臓器。この時その感情の名を知る由もなかったのだが、今となってはこの感情が何なのか十二分に理解している。


「なぁ、聞いてくれんか」
『…どうしたの??』
「亜紀が会ってくれたんじゃ」


口元を綻ばせて笑う仁王に以前の面影は皆無で、今あるのは至極幸せそうな表情。そんな仁王を見て嬉しいと同時に哀しみが私を襲い掛かる。あの日仁王を慰めた後、好きならばもう一度頑張るべきだと説得し続けた。心が折れた仁王は初めこそ頑なにまで拒んだものの、大切で仕方なかった彼女にもう一度逢いたいと意思を固めたのがつい先日のこと。そして昨日彼女に想いを告げ、彼女自身も仁王を受け入れたのだ。


「もう本気嬉しくて泣きそうじゃった」
『泣けば良かったのに』
「阿呆、泣いたら格好つかんじゃろう」


亜紀の前では格好良く居たいんじゃ、と破顔一笑の仁王は間違いなく年相応の男の子。この事実を仁王ファンに教えてあげたい。本当の仁王は負けん気が強くて、大好きな彼女の為ならば頑張る他の子となんら代わりない男の子ですよーって。


「…ありがとさん」
『え??』
「お前のお陰じゃ、」
『仁王が頑張ったからじゃん』
「やまだが押してくれんかったら決心出来なんだ」


じゃからお礼ぐらい言わせんしゃい、と頭を数回撫でられて突如熱くなる目頭。馬鹿仁王、不意打ちにも程がある。集まる熱を散らしたくて数回瞬きをした。


「…本真はな、」
『え??』
「本真はあの日あんなこと言うつもりはなかったんじゃ。ただのクラスメート、しかも亜紀を追い詰めたかもしれん、もしくは追い詰めた奴の友達かもしれん女。はっきりいって信用なんて全くしてなかった」


なのに何故じゃろうな、後ろの尻尾を左手で遊ばせながら仁王は優しく笑った。


「何故か気を許して良い、不思議にそう思ったんじゃ。真っ直ぐ見るお前の目を何故か信じたくなった。…信じた結果今があるんじゃから、伊達に詐欺師の勘は外れてないのぅ」


どうしようもない位に嬉しい。異性を寄せ付かせなかった仁王が私を認めてくれていた。それがどうしようもない位に嬉しいと感じた。でもそれと同時に生まれた感情。


「…!?どうしたんじゃッ??」
『どうも、してないよ??』
「嘘吐きんしゃい、泣いとるじゃろうが」
『痛いの、…ほら生理痛だから』


そう言いながら机に突っ伏せば、そっと静かに頭を撫でてくれた。感じる仁王の体温に今度こそ集まった熱は散ることなく、静かに頬を流れる。仁王が幸せそうで嬉しい。間違いなく私の本心。だけどそれ以上に私だけを見て欲しかった。私を好きになって欲しかった。絶対に叶うことのない報われない感情。胸が痛くて仕方ないのはきっと生理の所為で、情緒不安定だから涙がこんなに溢れ出すんだ。女の子の日位良いよね??でも生理明日で終わっちゃうから、悲しい想いは全部今日に流さなくちゃ、だ。明日は哀しい想いもいつもの様に笑うから、今日だけは君を想って泣かせて下さい。






哀しみを笑顔でコーティング
(好きだなんて絶対に言わないから、彼女の次に大事だと言える異性でいさせて)


20100613

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