『キスして』


誰も居ない教室。夕暮れが窓から挿し込み、白いキャンパスは辺り一面緋色だ。本来ならば誰も居ない時間。本来ならば下校していても可笑しくない時間。本来、ならば。


頭が可笑しくなったのだろうか??まさか自分からこんな言葉を吐くことになるなんて、努努思わなかった。だけど、否定したくも否定出来ないのが事実で、はたまた自分自身は思ったより本気なものだから殊更質が悪い。


「後悔せんの??」
『してから後悔するよ』


気遣う言葉を掛けるにも関わらず、其処には不釣り合いな程に歪められた口角。以前なら憤りしかなかったのに、今となっては胸が締め付けられる何かが、ある。


「ほうか、」


左手で私の頬を撫で、そっと触れるか触れないかのキスを一つ。感触がないに等しい口づけは、先程にも増してもどかしさを増大させた。


「…足りんか??」


そう言うや否や、もう一度。だが確実に違うのは咥内に感じる彼の熱。逃げる私を絡めて濡らして離さない。


『ふっ…ぁ、』


何度も何度も角度を変えて、深く深くに押し進すむ。絡み合う音が静寂な室内で、小さく大きく響いた。鼓膜を揺らすのは、濡れた卑猥な音。


感じる熱に酔いしれながら腕を絡めて夢中になった。もっと欲しい、もっと触れて、もっと、もっと、もっと…


『はぁ…っ』


開いた距離に感じる切なさ。それでも二人を繋ぐ頼りない銀糸。離れたくない、まるで私の汚い想いの様に繋がれた銀糸。


『仁王、』


こんな想い知らなかった。否、知りたくなんかなかった。なのに、どうして、どうして、どうして。


『もっと、して…』


いくら愛しても報われない。この男は女をなんとも思っていない。誰にも捕われることのない、分かってる、知っているのに。


「良かよ」


そっと触れる指先が愛おしい。琥珀色の眼光も、私を抱きしめる両の腕も、鼓膜を震わす低い声も、全部全部ゼンブ。


『んっ、』


辛いのかうれしいのか、何もかも判らないままなのに、何故か頬に一筋の涙が伝った。








もっと、
(今だけで良いから、もっと私に頂戴)


20100519

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