曇天が視界一杯に広がった。暦上では未だ5月下旬で、梅雨の季節と言うには早過ぎるくらい。にも、関わらずここ最近、まるで夜が明けることを拒むかの様に、分厚い雲が空を覆う。特別オプションとして、神様の涙つき。


『萎えるわぁ…』


一時間掛けて完璧にセットした髪型は20分と持たずに、巻きが解けて重力のままに伸びていく。スプレーまでしたのにも関わらず、だ。間違いなく通常以上に感じる湿気の所為なのは、言うまでもないだろう。


テンションは真っ逆さまに急降下。今朝は化粧のりも悪くファンデーションがムラになるし、生理前の為かいつもより水分の吸収率が良く顔が酷くむくんでいた。髪のセットだけが、唯一良い感じだったのに。それすら今はもう、ない。


『帰ろうかな…』


正直この悪天候の中朝早くに起床して、わざわざ赴いたのにも関わらず帰ろうなんて、酷く馬鹿げている話だと、自身でも自覚はある。それでも萎えたテンションで勉学に励む等の芸当など到底出来なくて、ただでさえ授業はサボりがちなものだから、特別関心を惹かれる授業は無いに等しい。


義務教育故に許される行為。これが上の高校に進めば、単位が足りないだの、素行が悪いだの、なんやかんや言われて停学や退学処分を言い渡されるのだろう。なんて面倒な話。


帰り支度を済ませて校門に向かう。残された自由期間と言っても過言ではない今の時期。一日足りとも無駄には出来ない。と、言っても他の生徒からしたら、この思考自体理解し難いのだろうが。


雨粒は差ほど大きくなく霧雨。化粧はウォータープルーフだし、髪の巻きは既に取れた。気にするものが何もない私は、傘を剥ぎ取り自然のシャワーを浴びながら、校門を目指す。夏が近い為か体に当たる水が心地好い。


校舎を背にしたと同時に始業のチャイムが鳴り響いた。人っ子一人居ないグラウンドを抜け、校門に向かう。授業が始まった今、私を阻むものは誰も居ない。と、思っていたのに。本来ならば関係者の全てが校内に収容されているあろう時間、なのに眼前の校門には背を預けている一人の男。近付かなくても、それが誰なのか初めから判っていた。あんな目に悪い髪色をしている人物は、生まれてこの方アイツしか見たことがない。


『…丸井』
「よ、」


片手を挙げ預けていた背を起こしたのは、やはり自身が思い描いていた通りの人物だった。何故此処にいるのかは、きっと想像しても埒が明かないのは度重なる経験で学んだから特といって気にならない。自由気ままなこの男は、常人には理解し難い思考回路の持ち主なのだから。


『サボり??』
「今来たとこ」
『ご苦労様だねぇ、』


こんな悪天候の中、遅刻したがきちんと学校に登校してきた。…なんて真面目な良い子ちゃんなら、至極関心出来る話になるのだろうが、如何せんながらにこの男は確実に自分寄りの人間。一体何を企んでいるのやら。


「お前は??」
『え??』
「今から帰り??」
『あ、うん』
「ふーん」


何が聞きたいのか全く意図が掴めない。て、いうか余りに興味がなさそうに言うものだから理解出来そうにもない。なのに。


「おら、帰るぞ」
『え…、??』
「え、って帰るんだろ??」
『いや、そうだけど…』


なら行くぞ、と踵を返し校外に出る丸井。愛らしい顔の割にやたら男らしいな、とかとか横に逸れた思考は取り敢えず置いといて。何故今登校した筈の丸井が帰路につこうとしているのか、そこが今最大の疑問だ。


「お前何してんの??」
『何、っていうか…丸井も帰るの??』
「おう」
『おう、って…なら何で学校に来たの??』


訳が判らないを通り越して、頭が可笑しいのではないだろうか。この悪天候の中わざわざ赴いたにも関わらず、来たと同時に帰るとは理解し難いにも程がある。それなら始めからぬくぬくの布団で一日を過ごしていた方がよっぽど有意義だ。


「はぁ??」


…にも関わらず、目の前のこの男はまるで訳が判らん、と言わんばかりに眉間に皺を寄せて此方を向いた。いや、訳が判らないのは間違いなく私の方だ。


「お前判らねぇの??」
『だから、何が??』


心底疑問を口にすれば、丸井は有り得ないといった表情をした後、深くて重い溜息を吐いた後口を開いた。


「俺が学校に来るのは部活とお前に会う為だけだ。つまり雨が降っている今、お前が帰るなら俺が学校に留まる理由はないっつうワケ、」


ドゥーユーアンダースタン??と酷く拙い英語で理解を促してくる。…が、え、ちょっと待って。頭の整理に少し時間を要しそうだ。丸井が今から帰ろうとしているのは、私が今から帰るから。丸井が学校に来るのは、部活をする為と私と会う為。…え、え、え。


「なに、まだ理解出来ないワケ??」


あたしの頭はショート寸前。そんな中、丸井はそっと近付き、いつもと違う表情をしながらそっと耳元で囁いた。


「俺がお前を好きだからだよ。…それ以外に理由はねぇだろい」


ふ、と笑う表情は何処ぞの詐欺師と酷く似ていて。底意地が悪そうな笑顔にも関わらず、私の胸は早鐘を打っていて。ああ、やられた!なんて気付いた時には、全部丸井に持って行かれていた。


「雨、止んだな」


何事もなかったかの様に空を仰ぐと、見ろ、虹だぜ、はしゃぐ丸井。そんな丸井を尻目に火照った頬を覆い隠した。まさかこんな不意打ちを喰らう羽目になるとは、寸分も思わなかった。


雨に晒した髪は例の如くにベチャベチャで、制服に至っては水を吸って有り得ない重さになっている。化粧は唯一無事ではあるが、それでもファンデーションは剥げ剥げだ。悪条件は先程と大差ない程のもの。それでも何故か心持ちが違うのは、少なからず、否、ほとんどが間違いなく丸井の所為だろう。


ああ、晴れ間が遂に出てきた。








曇り空、君色
(大嫌いだった曇り空。だけど嫌じゃなくなったのはきっと、)


20100520

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