「…凛」

「裕次郎、」

ちゃーさびたが?そう言葉にすれば裕次郎の瞳は淡く揺れた。夏の陽光のような笑顔はすっかり影を落とし、あるのは力無いだらしない笑顔だけだ。

「わん、振られた」

「そうか」

誰に、なんて愚問だと思った。だって俺は知っているから。多分永四郎より知念より不知火より田仁志より、俺は裕次郎のことを理解していると確信していた。

「失恋って痛いな」

「そんなん当たり前だろ」

「…凛」

「ん、」

肩に顔を埋める裕次郎は「また失敗やし」と小さく零した。俺はその言葉に大して反応はしなかったし、裕次郎もそれについて触れることはない。俺はただ裕次郎に肩を提供し今の時間を共有する、それが唯一出来ることだと知っていた。

「(髪、でーじこそばいやぁ…)」

ふわふわした裕次郎の髪が首筋を撫でる。こそばい、退け。他の人間なら間違いなく口にするのに敢えて言葉にしない。否、出来る筈がない。

「…凛」

「ぬーばぁよ」

「永四郎キレてるやっし」

「うわぁ…、」

「やっべーさぁ」

「そう思うなら戻るぞ」

「んー、凛わっさん…」

もうちょいこのまま。鼓膜を叩く裕次郎の切ない音色に不覚にも泣きそうになった。裕次郎は依然俺の肩に顔を埋めていて、その後は沈黙を貫いた。

「(裕次郎のふらー…)」

全部知っているから泣きたくなった。毎度裕次郎が悲しそうに眉根を下げる度感じる裕次郎の想い。‘彼女’と零す度痛そうな顔をして、辛くなってその関係を絶っては、また自らの想いを消そうと再度同じことを繰り返す。その度言うのだ、「失恋した」と。

柔らかく鼻孔を付く嗅ぎ慣れた裕次郎の匂い。裕次郎の良いところも悪いところも全部知っている。だからこそ…

「(何でわんなんだ…)」

俺と裕次郎は一番の親友で悪友でお互いの良き理解者で、それ以上でもそれ以下でもないのに…裕次郎の瞳が泣きそうに愛おしいと語りかけてきたのは一体何時のことだか記憶を遡ることすら難しい。それ程長い間身を置いていたのだ。ただでさえ単純な裕次郎の感情に敏い俺が気付かない訳がない。
失敗した。それは俺への想いを捨てきれなかったということ。その言葉を聞く度に裕次郎を解放してやれなかったもどかしさと、俺から離れなかった安堵の想いが交錯する。気持ちを返してやるつもりは毛頭ない癖に。

「(わっさん、裕次郎…わん、でーじ最低やっし…)」

例えるなら子供のような独占欲でそこに恋愛感情などない。それでも裕次郎を失いたくない。そんな俺のワガママで今日も裕次郎を傷付ける。

20130116


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