校庭の真ん中で 3


 一瞬にして胸の奥から湧き上がってきた激しい感情の波。それは悲しみではなく、怒り。オレは心のまま、一貴に向かって叫んでしまっていた。
「一貴、何やってんだよ!」
 すると驚いたことに、一貴はそんなオレを見て少しだけ笑い、そして、まるで汚いものに触れるような手つきで、心底嫌そうに女の子の腕を解いた。
 その仕草に、女の子が怒りを露わにする。
「ちょっと佐藤くん!」
「――俺、君にこんなことをされる覚えはないんだけど」
 一貴の声はいつもよりもほんの少しだけ冷ややかで。だけど女の子は、自分のことしか考えていないのだろう。そこに含まれている感情の欠片に気づいていない。
 人気のない廊下で、女の子のヒステリックな声が反響する。
「いきなり何言ってるのよ!? 今言ったでしょう!? 文化祭一緒に回ってくれるって!」
 ――え?
 文化祭を、一緒に、回る?
 一貴と、この女の子が?
 一緒にいるのが当たり前だったから、きちんとした約束なんて、交わしてなかった。
 今はそれがとても悔やまれる。
 そっと唇を噛み締めていると、絶対零度を保ったまま、一貴が口を開いた。
「――確かにそういう誘いは受けたけど、了承はしていない。それに、先約があると言っただろう?」
「先約!? 先約って誰!?」
 耳障りな声での問いかけに、一貴の視線がオレへと流れる。女の子が眉をつり上げ、きつくオレを睨んだ。
「なによっ! 友達じゃない! 普通は男友達よりも女の子を優先するものよ!」
「それは君の基準だろう」
 オレの前で繰り広げられている言い争い。聞き続けているうちに、オレの中にあった怒りの感情は、どこかへ吹き飛ばされてしまった。
 それというのも熱く声を荒げているのは女の子だけで、一貴の声色は冷たいまま。それは落ち着いているからではなく怒っているからなのだと、彼女は気づいていない。
 次いで、衝撃的な一言が落とされた。
「――それに俺、悪いけど君の名前も知らないよ」
 ……――え?
 その言葉に固まったのは、オレだけじゃなかった。
「な……なに言ってんのよ……、だって……」
 だって、キスしてたのに――?
 オレは、心の中で彼女が切った言葉のあとを受けた。
 あのとき、確かにこの目ではっきり見た。キスしてたのに、名前も知らない?
 握りしめた拳を震わせながら立ち尽くす女の子。その存在をきれいに無視して、一貴はオレの隣に並ぶと、普段、そんなことはしないクセに、まるで見せつけるかのように、オレの肩を抱いた。


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