夏休み 6


 数十メートル歩いた先で、アイツが一度足を止める。俺を振り返って短く「ここだから」と言い置くとその建物へと入っていった。
 慌ててあとに続く。もしかしたら、ここへ来るのはこれが最初で最後かもしれないんだから、目に映るものすべてを脳裏に焼き付けておこう。
 三階建てのこぢんまりとした、あまり新しいとは思えないマンション。元は白かったらしい外壁がかなり黒ずんでいて、築年数を物語っている。入り口を抜けてすぐ、左手に郵便受けが並んでいて、正面に二階へと続く階段。その階段を挟むように両脇にドアがひとつずつ。アイツは階段を三階まで昇ると、右側の部屋の前でポケットから鍵を取り出した。
 302号室。鍵を差し込んでドアをあけたアイツが、俺を招き入れる。
「上がって」
「……おじゃまします……」
 靴を脱いで板張りの廊下を少し進んだ先に、同じく板張りの広い部屋。玄関からは見えなかったけどキッチンがついていて、部屋の真ん中にはカーペットが敷いてあり、その上に真四角のテーブルが置いてある。
 壁に沿って並べられた家具類。きちんと整頓された部屋。本当はもっと観察したいけど、あまりきょろきょろするのも悪いからと自分を戒めていると、アイツが俺を振り返って「その辺座ってて」と言い残し、奥にある別の部屋へと入っていった。
 見る限り、ここと、あっちと、二部屋っぽい。ということは、あっちは寝室かもしれない。着替えでもしているんだろうか。中でなにやら物音がする。
 俺は言われたとおりにカーペットの上に腰を降ろし、さりげなく部屋の中を眺めながらアイツを待った。
 さほど間を置かずに出てきたアイツは、俺の予想に反して服装はそのままで、代わりに、手に服とハンガーを持っていた。
「やっぱり、もう少し横になった方がいい。ベッドを貸すから。制服、そのままだと皺になるから、俺ので悪いけどこれに着替えて」
「だから俺、別に具合は……」
 悪くない、と言おうとしたところで、俺の腹が盛大にぐうと鳴った。
「……ッ!」
 ――恥ずかしすぎる……!
 場をわきまえずに空腹を真っ正直に訴えてきた体のせいで、顔から火が出そうなくらいだ。
 アイツはそんな俺を見て、思わず、といった感じで小さく噴き出した。
「なんだ勇翔、腹減ってたのか」
「ちが……!」
 とっさに否定するけれど、しっかり腹の音を聞いたアイツは俺の言葉をスルーして、持っていた服とハンガーをひとまずカーペットの上に置くとその足でキッチンに向かい、冷蔵庫の中を覗き込んだ。
「すぐできるのは……、そうだな、チャーハンと焼きそば、どっちがいい?」
「……、……チャーハンでいい」
「わかった。少し待ってな」
 冷蔵庫からいくつか食材を取り出して、アイツがキッチンに立つ。


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