夏休み 4


 せっかく会えたのだから、俺が覚えていない俺自身のことを思い出して懐かしむよりも、今の俺を見て欲しい。今の俺に、意識を向けて欲しい。
 だけどもちろん、そんなことを言えるはずもなく。
 黙って助手席に乗り込む。アイツが後部座席に荷物を置いた後で運転席に乗り込み、静かに車を発進させた。
 この間も感じたことだけど、通勤に使っていないということは普段そんなに乗らないはずなのに、運転はスムーズで、車は混雑する駅前通りを避けるようにその手前の道で右に折れ、広い通りへ出た。
 アイツはまっすぐ前を向いたまま、こちらを見ようともせず、無言でハンドルを握っている。だから俺も、とりたててアイツに話しかけるようなこともせずに、ずっと、窓の外の景色を見ていた。
 そして気づいた。これ、うちの方向じゃないんじゃないか?
「おい……」
「どうした? 勇翔」
「道、間違ってねぇ?」
「間違ってないよ」
「え……、でも……」
 青色の看板が指示す先が、明らかにうちの方向とは違うような気がする。
 だけど、普段通学に電車を利用している俺は道路事情に明るくないし、アイツが「間違ってない」というのなら、きっとそうなんだろう。
 そう自分を納得させて、それ以上の反論をやめる。だけど次に口を開いたアイツが伝えてきたのは、俺が予想だにしないことだった。
「勇翔は、俺の家へ連れて行くから」
「……は? ……え?」
 言われた言葉をすぐには理解できなくて、間抜けな問い返しをしてしまう。
 アイツは、視線は前に向けたままで、同じ言葉を反芻した。
「俺の、家に、連れて行く」
 脳に届くように一語一語はっきりと言われて、ようやく状況を理解する。
 保健室では確か「心配だから家まで送っていく」っていう話だったよな?
 それがなんで、いつの間に、アイツの家に行くことになってんだよ。
「え? ……なんで? ……なんでアンタんちに!?」
「母さん、出張でいないんだろう? だから、俺の家に連れて行く」
「だから、って、ンな勝手に……!」
「勇翔」
 少し強い口調で名前を呼ばれて思わず口を噤む。赤信号で停まったところで、それまでずっと前だけを見ていたアイツの視線が、俺に向けられた。
「俺はね、勇翔、これでも結構、怒ってるんだよ」
 静かだけど、有無を言わせぬ口調。一瞬にして車内の空気が張りつめる。
「保健室では宮野先生がいたから、あまり詳しいことを聞くわけにもいかなかったけど」
 信号が青に変わったタイミングで、アイツが一度言葉を切る。
 確かにあの時のアイツは、妙に他人行儀だった。だけど、あの場にいた養護教諭に限らず、他の先生から見たら俺とアイツはあくまでも「生徒と教科担任の先生」という関係でしかないんだから、むしろあれが当然の姿だったというべきなのだろう。


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