夏休み 2


 それをやり過ごすように一度ぎゅっと目をつぶり、再び目を開けて問題文の続きを読もうと頭を少し動かした時だった。ぐらりと、世界が揺れる。
 ……ああ、ヤバい。
 視界に映るものすべてが傾いて見えて、そして――。
「十河!」
 そこで、俺の意識は途切れた。





「十河」
 小さく呼ばれて、意識が浮上する。
 重い瞼を開けた先に見えたのは、見慣れない天井。周りをぐるりとクリーム色のカーテンで囲われていて、傍らに、アイツがいた。
 雰囲気的に、ここは保健室だろう。そう理解するとともに、自分の身に何が起きたのか、徐々に思い出してきた。
「大丈夫か? 気分は?」
「うん……」
 周囲を見回すように、軽く頭を動かしてみる。大丈夫。教室にいたときに感じていためまいは、もう、しない。
 起き上がろうと肘をついたところで、アイツに肩を押されて止められた。
「無理に起き上がらなくていい。それよりも……」
 アイツはそこで一旦言葉を切ると、カーテンの向こうを伺うように一度そちらに視線をやって少し考えるようなそぶりを見せてから、抑えた声で言葉を繋いだ。
「親御さんと、全然連絡が取れないんだけど」
「……母さん、出張中だから」
 簡潔に答えれば、アイツは「そうか」と短く呟いてから、ふーっと重い溜め息を落とした。
「連絡先に携帯の番号が書かれていたから掛けてみたんだけど全然繋がらないし、一応自宅にも電話してみたんだけど留守のようだし、仕方ないから職場に連絡しようと思ったんだけど、その前に一度、お前の様子を見てみようと思って、な。でも……」
「? なんだよ?」
「いや、一人で帰れるようならそれでもいいと思ったんだけど……。そうか、家に誰もいないのか……」
 独白のように呟いたあとしばらく考え込むと、アイツがカーテンを少しめくって心持ち大きな声で養護教諭を呼んだ。
「すみません宮野先生、十河、もう少しここで寝かせてやってもいいですか?」
「それは構いませんが、どうしてです?」
「保護者とぜんぜん連絡が取れないので、家まで送っていこうかと。心配なので」
 会話の間に養護教諭がこちらへ近づいてきて、カーテンを開けて顔を覗かせた。
「そうですか。――十河君、気分は?」
 呼びかけと共に、優しい眼差しがこちらへ向く。
「大丈夫、です……」
「軽い貧血を起こしているみたいだから、しっかり栄養を取って、ゆっくり休むこと。あと、水分補給も忘れずに」
「……はい」
 俺の様子を一通り観たあとで、養護教諭がアイツに向き直った。
「小宮先生は、今日はもう上がりですか?」
 見える範囲に時計がないから今何時かわからないけれど、まだ先生が帰るような時間じゃないだろう。
 養護教諭の疑問に、アイツが苦笑いで答える。
「まあ、あと三十分もすればキリのいいところまで片付くと思うので、あとは明日に回そうかと」
「はは、そうですか。わかりました」


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