夏休み 1 ……腹減ったな。 心の中で呟いてから、再びシャーペンを紙の上に走らせる。 静かな室内。部活動のために登校している生徒もいるはずなのに、この教室が体育館からもグラウンドからも離れているためか、思い出したように時折掛け声のようなものが遠くから響いてくるだけで、至って静かだ。 補習は俺を含めてほんの数人。三日目の今日までやったことといえば、配られたプリントをひたすら解いて、終わったら回答をもらいに行って、自分で答え合わせをして、間違ったところを直す。それの繰り返し。 とにかく、量をこなして、追試をクリアできるだけの内容を詰め込む。どうやらそういう方針らしい。 毎日、毎時間、監督の先生もいることにはいるけれど、授業形式ではないので、特別に何かを教えてくれるということはない。どうやら手の空いている先生が順番に監督につくらしく、担当教科もバラバラで、プリントを配ったら、あとは回答を取りに来るまでの間、生徒の監視をしている。 ……腹減った。 今朝は寝坊をして朝飯を食いはぐった。 シャツの上から左手で軽く腹をさする。もちろんそれで空腹が満たされるわけもないんだけど。 学校が夏休みに突入すると同時に、まるでタイミングを合わせたかのように母親が出張で北海道へと旅立った。昨日の昼過ぎに帰ってきたと思ったら、その日のうちに今度は大阪へ。 『もう高校生だから、大丈夫よね』 掛けられた言葉に、心配は一切含まれていなかった。 仕方ない。母親の中での最優先事項は俺じゃなくて仕事。なのに今までは「母子家庭で、義務教育を終えていない子供がいるから」と周りが気を遣って、遠方で泊まりになるような仕事は回さないようにしていたらしい。 本来なら自分が行くべきところを他人に任せなくてはいけない。母親がそのことを歯がゆく思っていたのは、時々愚痴を聞かされていたからなんとなくわかる。 これは、今までの反動。だから、ひとり家に残る俺を心配するどころか、むしろ嬉々として出かけていった。 ……なんか、腹減りすぎて、だんだん具合悪くなってきた。 そういや昨日の夜はカップラーメンで済ませたんだっけ。 母親から昨日帰ってくることは聞いていたから、てっきり夕飯の用意はしてくれるものだと思っていたら、キャリーの中身を入れ替えただけでまた出かけてしまった。 あれ、昨日の昼は? 確か、学校帰りにハンバーガーショップへ寄ったんだ。でも、友達と一緒ならまだしも、一人だったからあんまり食べる気しなくて、セットのポテトを半分以上残したっけ……。 そういや寝坊してその日の朝食も食べ損ねたんだった。 その前は……。 シャーペンを握ったまま、記憶をたどる。だんだん頭がくらくらしてきた。 [戻る] |