本日快晴!青一色の空に向かって背伸びひとつ。いつもよりちょっとだけ近く感じる太陽がなんだかうれしい。やっぱり暑くてわたしの額にはじんわり汗が浮かぶけど、真夏の太陽を全身で浴びれるこの感じ!わたしは今日も元気いっぱいだ。生きてるってすばらしい!洗い立ての銀ちゃんの大きなTシャツが風に乗ってふわふわ揺れる。太陽がTシャツの白に反射して眩くて目を細めた。


「銀ちゃん、今日もいい天気だねえ」

「暑いから閉めろコラ」


洗濯物も干し終わり、空になったカゴを脇に抱え、ベランダを全開にしたら怒られた。せっかくこのうれしさを、生きてる素晴らしさを銀ちゃんにもお届けしようと思ったのに…!なんだかちょっとひどくなあい?仕方なく部屋に入りカラカラ音を立てながらベランダを閉める。途端にわたしの体はヒヤッとした冷気に包まれた。銀ちゃんはこんな涼しい部屋にずっといるつもりか!恐ろしい!さすが現代人だなあ、なんか変に感心してしまう。いつか風邪ひいたって知ーらない!あれ、バカは風邪ひかないんだっけ?


「ところで銀ちゃん、いつまでDVD見てる気?」

「んーわかんねー」

「銀ちゃん、ひまだなわたし」

「一緒にこれ見てりゃいいだろ?」

「えー!?」

「えー!?っておま、昨日はノリノリで見てたじゃん」

「昨日のは見たことなかったの!このドラマわたし見てたもん!」


銀ちゃんは最近むかしの連ドラにはまってるらしく、アパートと近所(銀ちゃん曰く、原付きで5分らしい)のレンタルショップの往復を毎日繰り返している。1作品すべてのDVD、つまり1クール分を一気に借りて、その日のうちに全部見てしまうなんて、いかに銀ちゃんが貴重な夏休みをぐうたら過ごしてるかまるわかりである。しかし本人は結構たのしんでるみたいだ。けれど、それを蚊帳の外から眺めてるだけのわたしは、ほんとかなり暇だった。いよいよ堪らなくなって、銀ちゃんばかり夏休み満喫してずるい!と、そんな気持ちを込めて銀ちゃんとの言い合いに応戦してたら「わァったわァった」と、とうとう銀ちゃんが白旗を上げた。まさかのこの結末にわたしがびっくりしていると、銀ちゃんが一言。


「今日はお前の好きなDVDを借りてやる!これで文句ないだろ?」


偉そうに鼻を鳴らす銀ちゃん。どうやらやっぱりDVDは譲れないらしい。



***



すっかりおひさまも西に傾き、気温も少し下がった夕暮れ時。まだまだ熱いけれど、昼間よりずいぶんマシだ。Tシャツに短パンという情けないほど適当な格好のふたりの影が、赤く染まるアパートの駐車場に黒く伸びる。


「あれめずらしい、今日はバイクじゃないの?」

「節約だ、節約」


毎日DVD借りてるくせに、ガソリン代をケチるなんて、銀ちゃんはやっぱりおもしろい。というかもやっぱりバカなのかもしれない…!どうりで風邪、ひかないはずだわ。


わたしが荷台に跨がったことを確認すると、銀ちゃんはペダルを回しはじめた。のろのろ。ふらふら。生暖かい空気の中を、まるで綱渡りみたいに走る一台の自転車。途中、ギャッ!とかワッ!とかふたり分の奇妙な奇声も混じって、なんだかそれがおかしくてついつい笑ってしまった。きっと銀ちゃんも笑ってるんじゃないかしら?後ろからじゃ顔は見えないけれど、微かに肩が揺れてるのがわかる。だけどいま一番おもしろいのは、ニッケしながら怪しく笑うわたしたち自身なのかもしれない。そう思ったら急に恥ずかしくなってきたので、銀ちゃんの背中におでこを押し付けて一人コソコソ笑ってみた。


わたしの通う大学も、銀ちゃんの通う大学も、都心と呼ばれる大きな街にあるけれど、学校の最寄り駅から電車に乗って10分くらい走ればコンクリートだらけの景色から、ちょっと懐かしい雰囲気の景色に変わってしまう。銀ちゃんの住むアパートも大学までは電車で15分くらいだけど、アパート周辺はやけに自然が多くて、なんだか懐かしくて胸がギュッとなるような町並みが広がっている。いつも使うスーパーも本屋さんも、まだ田舎臭さの抜けないわたしにはなんだかちょっと心地好かったりする。今日は自転車だから、いつもより細い道も探検出来たりしちゃうかも。わたしの胸は高鳴るばかりだ。


「そこ右!」

「はァ!?」


ここぞとばかりに声を上げると、銀ちゃんがハンドルを切って急カーブ。いつもは原付きだからあまり入らない少し細めの道。左側には畑、右側には民間が並んでいる。


「なんか用事?」

「ううん、なんとなく」

「自転車漕いでるの銀さんなんですけどォー、暑いんですけどォー」

「感謝してまーす」


畑と民間の間をゆっくりと抜ける。少し長めの一本道。いつもと同じ街なのに、一歩脇道に入ってしまうだけで、なんだかまるで知らない世界だ。畑にはとうもろこしが高々と背を伸ばしてわたしたちを見下ろしていた。ふと、いいにおいが鼻をくすぐる。


「今のおうち、たぶん今日の夜ごはんは焼き魚だよ」

「お前の嗅覚は犬並か」

「あ、お線香のにおい!」

「はァ?しねーよんな匂い」

「銀ちゃん見てっ!空きれい!オレンジ!」

「っとに騒がしいな!ガキかオメェは!」


そう言いながらも、家の屋根と屋根の間から、ばっちり夕焼け空が見えるベストポジションで自転車を止めてくれる銀ちゃんはさすが!さりげなく優しい。さりげなく大人。銀ちゃんのそういう部分が、実はわたし大好きだったりする。もちろん好きなところなんて他にもいっぱいあるけれど。強気な銀ちゃんはもちろん、弱気な銀ちゃんだってすごく好き。おばけがダメでも、甘いものに目がなくても、わたし全然いいの。生きているふとした瞬間、例えばそう、まさに今とか。特に何かあったわけではないけれど、わたしはこの人が大好きで大切で仕方ないんだということを痛感する。もし銀ちゃんがいなくなってしまったら…とか、そういうことはあまり考えたくない。だって寂しくなっちゃうじゃない!だからわたしは、夏の暑さとか、夕方の少し湿っぽい夏のにおいとか、誰かの夜ごはんのいい匂いとか、夕焼けのオレンジとか、わたしが生きている世界を一番近くで共有してくれるのが、どうかずっと銀ちゃんでありますようにと、おひさまに小さくお願いしておいた。


「銀ちゃん、好きだよー」

「急にどうした」

「ん〜、なんとなく?」


好きなんて久しぶりに言ったから照れ臭い。きっと銀ちゃんもおんなじだ。銀ちゃんはわたしの頭をクシャクシャっと撫でてから、再びペダルを回し出した。さて、目的地まであと少し!いま目の前にあるオレンジに染まる広い背中を、ずっとずっと忘れませんように。そんなことを考えた夏の夕暮れ。




20100830


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