「おい」
「なーにー?」
「アドレス聞かれたって本当か?」
眠さで自然に閉じる瞼を必死に持ち上げながら教室に入れば、瞳孔を開ききったトシがこっちに来た。朝練の後なのだろうかトシの額にはキラリと汗が光っている。一般女子には爽やか!かっこいい!と騒がれるトシのその姿は、残念ながらわたしには暑苦しい男の図意外のなんでもない。それよりキレたトシの背後に鬼が見えると言う都市伝説がある。きゃあ怖い!冗談はさて置きわたしはトシの目を見てほんとだよ、と正直に答えた。するとトシは一つ盛大な溜め息を落とした。
「そんな溜め息なんてついちゃって〜!なに?トシったら嫉妬?」
「んなわけねーだろバカが!」
「あでっ!」
バシッ。鈍い音が響くのと同時に頭に激痛が走る。ゲンコツはないだろう、ゲンコツは。冗談で言ったのに本気にしちゃうなんて、トシったら本当は嫉妬してんだろ?ショックだったんだろ?そう言ってやろうと思ったがトシの背後に鬼が見えたから止めた。
「あのな、テメェの男絡みはめんどくせーんだ」
「な…!」
「バカなお前の為にもう一回言ってやる、めんどくせーんだ」
「わたしが誰と何しようがトシには関係ないじゃん!」
「はァ?ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ、元彼と別れた時俺に泣きついてきたのどこのどいつだ?」
「そ、それとこれとは話が」
「あ゛?」
「なんでもないですすいませんでした許して下さいィィイ」
トシがゲンコツを見せながら凄んできたからわたしはひたすら平謝りを繰り返した。確かにあの時ずっと慰めてくれてたのはトシだけどさ。トシの睡眠時間奪ってまで愚痴の電話したけどさ。別に今はその話持ち出さなくてもいいじゃないか!とも思ったがわたしは本当はわかっているのだ。目の前のこの男が本当にわたしのことを心配してそう言ってくれてるということは。
「ねぇ、トシ」
「あ?」
「大丈夫だよ」
「何がだよ」
「そんな心配してくれなくても。もう前みたいにはなんないから」
「……んな保障は何処にもねーだろ」
「だって、ずっと変わんないよ。わたしの好きな人は」
わたしの言葉にトシは一瞬目を丸くした。が、すぐに強張ったその表情は崩れ薄く笑った。そしてわたしのことを真っ直ぐに見遣り、一言
「それが大問題なんだろーがァァァア!とっととあんな腐った男のことは忘れて新しい男作りやがれこのクソッタレがァァァァァァア」
「ギャアァァァァァァアア」
朝の教室にわたしの叫び声が響き渡った。
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