クーラーとパフェのおかげで元気は回復していた。妙ちゃんとバイバイして、自転車のペダルを回す。空は一面綺麗な紺色に染まっていた。あれだけ蒸し暑かった空気も今は少し涼しく感じるくらいだ。緩い風はわたしの髪を攫った。そんな時ブブブブブ、とスカートのポケットの中で携帯が揺れる。そういえば授業中からずっとマナーモードにしたままだった。その規則正しい揺れはすぐに止まったので着信ではなくメールだと言うことがわかる。車通りもなく、人通りも少ない道だったから片手で自転車を運転しながらポケットから携帯を出した。時たま前方を注意しながらメールボックスを開く。知らないアドレスからだったが、その送信者がさっきわたしにアドレスを聞いてきた後輩だと言うことは本文を見たらすぐにわかった。



「2Zの沖田総悟、かぁ…」



なんとなく口に出して言ってみた。特に意味はないが。メールには彼の名前やクラスなんかの自己紹介と『驚かせてすいやせんでした』と言う謝罪の文章が書かれていた。わたしは相変わらず片手運転のままカチカチとボタンを操作して返事を打つ。



「3Zの高橋ちえこです、っと」



向こうは知ってんのかもしれないけどとりあえず自分も簡単な自己紹介の文章を送った。そういえば男の子とメールするのは久しぶりだ。因みにトシはわたしの中でもう男の部類には入っていない。送信完了と言う文字が画面に表示されるのを確認してから携帯をポケットに戻した。……が、



「はやっ」



すぐに返事が届く。変な所で負けん気の強いわたしは負けじと早急に返事を打った。現役女子高生の早打ち舐めんなよ!そんなくだらない意地だけで返事をする。しかしやっぱり向こうの返事も早い。くそう!










「ただいま〜」

「もう、遅いじゃないの!先にご飯食べちゃったわよ」

「ごめんごめん」



最終的にわたしは携帯をポケットに戻さず手に握ったまま自転車を漕いできた。沖田くんとのメールは途切れるはずもなく、自転車の上での時間はほぼメールに費やされていた。帰宅時間はいつもの倍以上もかかっていたらしい。全然気付かなかった。そりゃお母さんも怒るはずだ。早く着替えてらっしゃいと言われ自分の部屋に向かう。その時またブブブブブと携帯は揺れた。もちろん言わずもがな相手は沖田くん。いい加減にもう手を止めろ沖田くん。君の奴隷の山崎くんの話はもういいから。そう思いながら急いで返事を打った。廊下にはペタペタとわたしの足音が響く。その音に被さるように後ろからは母の声。



「ねーちえこ」

「んー?」

「今日なんかいい事あったでしょ?」

「いいこと〜?パフェ食べたことくらいしか思い浮か」



思い浮かばない。そう言おう思った時、蜂蜜色の髪が脳裏を過ぎった。母はそうなの、と一言。そしてニヤニヤ笑いながら台所へと消えた。その時またわたしの手の中で携帯がブルブルと震える。



「いいこと、なのか…?」



画面に表示された"沖田総悟"の文字を見ながら呟いた。いいことなのか?そんなのわたしが聞きたいくらいだった。しかし最初は意地だけで返していたメールがなんだかんだ今楽しくなっているのは事実である。



「…いいことかもな」



呟きながらわたしは急いで返事を打った。