「おはよう」

「…おはよう」



ゆっくりと目を開けると見慣れた顔がそこにはあった。外ではチュンチュンと雀の鳴いていて、障子を透かして差し込む朝日がぼんやりと部屋を照らす。同じ布団の上で寝ていたものだから、鴨太郎との距離がとても近い。すぅ、と息を吸い込むと布団の匂いと混じって、ふわりと鴨太郎の匂いがした。チラリと鴨太郎を見上げるといつもよりも数段優しく笑う鴨太郎と目が合った。釣られてわたしもとびきりの笑顔を鴨太郎に向ける。

こんな状況、普通女の子なら誰しもが恥ずかしく、けれど嬉しく思うのだろう。それはもちろんわたしも例外などではなかった。起きてからわたしの目に一番最初に飛び込んでくるのが鴨太郎の顔と言うのはなんだか少しむず痒かったが、やはり嬉しいことに変わりはない。しかしそんなものはもうただの昔話でしかなかった。残念ながら今のわたしと鴨太郎の間にそんな甘い空気は微塵もなかった。全くなかった。1ミクロン足りともなかった。



「今日も君のいびきは素晴らしかったよ、とても凄まじかった」

「あら、ごめんなさい。でも鴨太郎も夜中に酷い歯ぎしりをしてたわ。煩くて何回も目が覚めたもの」

「それは失礼、夢の中に君が出てきたものだから」

「あらやだ!鴨太郎の夢に出てしまうなんてわたしったら罪な女ね」

「ああ、本当罪な女だ。ゴリラの方がよっぽどマシだった」



お互い張り付けた笑顔を崩すことなく淡々と言葉を続ける。甘い空気はいつからなくなったのだろうか。そんなのもはや思い出せない。そのくらい前のことなのかもしれないし、ただわたしが覚えていないだけかもしれない。しかしそんなことどうでもいい。今日もわたしたちはお互いを打ち負かすことに必死だった。いびきをかいていたことも、ゴリラ以下だと言われたことも、今更どうでもよかった。ただ、目の前で勝利を確信したかの如くほくそ笑むこの男が腹立たしくて仕方ない。今日こそは鴨太郎を打ち負かしたい。わたしはその一心だ。



「君の寝起きの顔は本当に酷い、目も当てられない。そんなに酷い顔ならそれなりに配慮してもらいたいものだ」

「鴨太郎の寝相に比べたら全然よ、昨日の夜は何回蹴っ飛ばされたことか」

「言っておくが君の寝癖も相当酷い、ボサボサなんてもんじゃない」

「口元に涎の跡がある人に言われたくないわ」



さりげなく手の平で髪を撫でそう言うと、鴨太郎も顔の表情は一切変えずに口元を擦った。それでも尚、わたしと鴨太郎の口は止まることを知らなかった。

こんなくだらない争いが何の意味も持たないことはバカなわたしでもわかった。バカなわたしでわかるくらいだから、頭脳派な鴨太郎がわからないはずがない。それでも毎日毎日わたしたちがこんなくだらないことに時間を費やしているのは一体何故か。もちろんその答えもわかってはいるのだ。しかし残念なことにバカなわたしも頭脳派な鴨太郎も共通して素直さを知らない。知らないと言うか持ち合わせていない。だからこそ仕方ないのだ。こんなくだらない何の意味も持たないようなくだらない争いが、わたしと鴨太郎にとってはとても大切なことなのだ。

次第に外はバタバタと騒がしくなってきた。もうこんな時間か、鴨太郎はいつも通りに呟く。それを合図にわたしと鴨太郎の朝の争いは集結へと向かうのだ。よっこらせとぬくい布団から体を起こす。布団の中とは打って変わって冷たい部屋の空気に思わずブルッと身震い。そしてお互いトドメの一発。



「喜ぶといい、こんな僕の姿を見れるのは君だけなのだから」

「鴨太郎こそ乙女の寝起きなんて、そうそう見れるものじゃないわ」



甘さも浪漫も何もない。可愛げも優しさもない。それでも気持ちは伝わってしまうからなんとも不思議である。素直になれないわたし達には、このくらい皮肉的な方が調度いいのだ。









のうた





20100307
お題:JOY様


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