玄関を開けると太陽の光で思わず目が眩んだ。眩しい。でもそれは全然嫌な眩しさではなくて、春がもうそこまで来ているお知らせみたいで少し嬉しかった。わたしの心は躍る。わたしは春の暖かさが大好物なのだ。玄関に鍵を掛けてから、日だまりの中を歩き出した。



見慣れた道をゆっくり歩く。時々吹く風はなんとなく甘い匂いがした。これは多分花の香りだろう。時々鼻を掠めるその匂いにわたしの心はやはり躍った。春の花の匂いもわたしは大好物なのだ。そういえば今年もお花見はするのだろうか?出来たらいいな。早く早く春よ来い。



橋を渡る。水辺と言うこともあり少し寒気がした。しかし川の流れる音は何処か落ち着く。川辺は寒いけど嫌いではない。少し湿っぽい匂いも嫌いではない。春が過ぎた頃、夏が近くなったらみんなで遊びに来たいと思った。



歩みを進める。わたしの鼻を掠めたのはまたしても甘い香り。しかしこれは花のような自然の甘さではなく、明らかに人間の作った甘い香り。人工的なものは嫌いだ。でもやはりわたしの胸は躍る。これだけは別なのだ。仕方がないのだ。わたしの足は自然と道の反対側に建つ可愛らしいお店に向かった。店内に入ると更に甘い匂いに包まれる。さてさて、チョコレートケーキにしようかそれともショートケーキにしようか。迷うところだ。



結局チョコレートケーキもショートケーキもどっちも買ってしまった。財布の中身は寂しくなったが気持ちはルンルンと浮足立ってしまう。思わず鼻歌なんかも歌ってしまう。甘い香りを漂わせる小さなピンクの箱を持ちようやく辿り着いたが目的地。玄関の戸をノックする。コンコン。反応がない。もう一度ノック。コンコンコンコン!!!やはり反応はない。こうなったら自棄糞になってしまう。ゴンゴンゴンゴンゴン!!!!!!!目一杯叩いたがやはり反応はなかった。しかし半ば諦めかけた時、駄目元で扉を引いてみれば呆気なく玄関の戸は開いた。その瞬間、部屋の中の温かくて懐かしくて少し生活感のある匂いがわたしに向かって流れ込む。この匂いはなんだか落ち着くから好き。



居留守だと思ったら本当に留守だった。部屋には誰もいない。鍵を掛けなさいよ、鍵を。「まったくもー」なんて独り言を呟きながら台所に向かう。買ったケーキは箱ごと冷蔵庫にしまった。冷蔵庫の中はいちご牛乳やチョコレートなんかがたくさん詰まっている。そのせいか冷蔵庫独特の冷気の匂いに混じって甘ったるい匂いがした。その瞬間あの締まりのない間抜け面が脳裏にチラついた。わたしは思わず苦笑い。もちろんいい意味でね。



この部屋の主はなかなか帰ってこない。暇だった。仕方ないから干してあった布団や洗濯物を取り込んであげる。なんてわたしは優しいんだ。誰も言ってくれないから自分で言ってみた。太陽の光をたくさん吸い込んで、フッカフカになったお布団はお日様の匂いがした。実際のところ太陽の匂いなんて知らないが、この温かく柔らかい匂いは誰がなんと言おうとお日様の匂いなのだ。眠気を誘ういい匂い。思わず大きな欠伸が漏れた。あーなんだか眠くなってきた。




ハッとした。気付いたら眠っていた。お布団を枕にしてしまったせいでふっくらしていたお布団はちょっとだけ萎んでしまった。窓から差し込む光はやんわりとした白から暖かいオレンジに変わっていた。


「やっと起きたか、コラ」


声と同時に一瞬ふわっと銀髪が見えた。途端に後ろから抱き着かれてわたしは身動きが取れなくなってしまった。彼の顔がわたしの肩に乗る。彼が動いたり喋ったりする度に耳や首がこそばゆくて仕方ない。


「冷蔵庫にはケーキあんのに食えねぇし、お前はあられもない格好で寝てるし、銀さん生き地獄だったんだぞコノヤロー」


彼は寝起きのわたしに不満を零す。わたしだって言いたいことはたくさんあるのに。今年もお花見するの?とか、夏になったら川に行こうよとか、鍵はちゃんと閉めなさいとか、甘いものばっかじゃ体に悪いよとか、帰ってくるの遅いよとか。本当言いたいことはたくさんあるのだ。けれどわたしは何も言わずに彼に体を預けてその優しい声に耳を傾ける。背中に感じる彼の体温が心地好くて、シャンプーでもなく洗濯物でもないなんとも言い表し難い彼の甘くて柔らかな匂いがわたしの心を何度も擽る。彼に近付けば近付く程にわたしの心は満たされる。


そうしてわたしは気付くのだ。春のような日だまりの暖かさも、お花の匂いも、川の匂いも、ケーキの匂いも、万事屋の匂いも、冷蔵庫の甘ったるい匂いも、お日様の匂いも、全部全部大好きだけど、こんなにもわたしをしあわせな気持ちにしてくれるのは絶対的に彼だけなのだ、と。



「銀ちゃんはチョコレートケーキとショートケーキ、どっち食べたい?」

「ん〜…、どっちも」

「じゃあ半分ずつね」







こんなに温かくてしあわせな気持ちはきっと、













20100129
企画「呼吸」様に提出。
素敵な企画に参加させて頂きありがとうございました。




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