今我が家は数え切れないほどの桜の花で埋め尽くされている。

「島田さんはいこれ」
「ん?なに?」
「レジャーシートの代わりに。ちょっとは雰囲気出るでしょう?」

そう言って渡してきたのはどっから引っ張り出してきたんだと思うような色あせた藍染の風呂敷。いつものテーブルをどけて真ん中にそれを敷くと、なるほど一気に花見感が出た。その上に置くのは割り箸とお手拭きとビール。そしてかなえが友だちの結婚式の引出物でもらったと言ってたような気がする上等そうな果実酒。ここだけ見るととてもじゃないが家の中には思えない。無駄に風呂敷のシワを伸ばしたり皿の置き場所にこだわってみたけどすぐ手持ち無沙汰になって台所に顔を覗かせれば、机の上に余ったローストビーフの切れ端が見えて思わず手を伸ばした。

「これもう持っていっていいのか?」
「お願いしまーす」

知らぬ間に台所の棚の一番上で我が物顔をするようになっていた二段重を持ち上げて居間へと運ぶ。待ちきれず蓋を開ければ色とりどりのおかずがぎっしりと詰められていて、ぐうと腹が鳴った。ちなみに下の段にはこれまた隙間なく具の敷き詰められた海鮮ちらしが入っていて、まるで宝石箱のようだ。

「気合入ってんなあ」
「だってもう料理くらいしか楽しみがなくって」

そう言いながらかなえは最近機種変更したらしいスマホでパシャパシャと写真を撮り始める。真剣な様子は伝わってくるが、すごい体勢でカメラを向ける様子は傍から見るとなかなかシュールだ。

「見て見て!いい感じゃないですか!?」
「おお、すごいすごい」

覗き込んだ画面にはまるでプロが撮ったような出来栄えの写真が写っていて思わず感心してしまう。見様見真似でカメラを向けてみても、俺が撮るとイマイチぱっとしないのだ。
「さて食べますか」
「よし、とりあえず乾杯」
「乾杯!」

勢いよく缶を傾けてプハーッと息をつく。労働らしい労働もしていないがやっぱり昼間から飲むビールは格別だ。明太子入りの卵焼きもうずらの入ったミートボールもいい具合に酒が進む。

「贅沢だなあ」
「贅沢ですねえ」

世の中困っている人も多いというのにこんなことでいいのだろうかと思わんでもないが、何かといらぬストレスがかかる日々なのだからガス抜きは必要だ。

「そういや最近自粛でやることないからSNSで何でもいいから何か発信しろって会長からお達しが来てさあ」
「色々アップするの流行ってますもんね」
「無理やりアカウント作らされたはいいものの、なにせそういうのに疎いから何をどうすればいいのかさっぱりわからん」

ボヤきながら今度は切れ端じゃないローストビーフを口に運ぶ。うん、うまい。昨日からせっせと仕込んでたみたいだけど、こういうのって家でも作れるもんなんだな。

「そんな深く考えなくても何食べたとか何やったとか、そんなのでいいんですよ」
「うーん……」
「今だったら『家でお花見してます』とか」
「そんなもんでいいのか?」
「皆が知りたいのは対局のときには見られない島田さんの素顔ですから」

さすがSNS慣れしている若者は言うことが違う。確かにそのとおりだなと頷きながら、早速昨日入れたばかりのアプリを開いた。言われたように『外に出られないので家でお花見しています』と入力して、さっき撮った写真を添付してみる。

「本当にこれでいいのか……?なんか、対局のときとはまた違った緊張感があるな」
「そんな肩肘張らなくっても大丈夫ですって。案ずるより産むが易しって言うじゃないですか」
「まあ、そうか」
「ほらほら投稿押して」

その言葉に後押しされる形でえいやっとボタンを押してみる。

「投稿完了してしまった……」
「あとは自分の対局のこととか、出るイベントの予告とか……最近は困ってる知り合いのお店を紹介してる人も多いですね。通販ページを載せておいたら結構買ってくれたりしますよ」
「通販ページ」
「URLをコピーして……」

まるで暗号のようなことを言い始めたかなえに慌ててもうこの話はやめようと手を振ってみせる。島田さんほんとこういうの苦手ですよねなんて言われたって仕方ないだろう学校で習ってないんだから。

「はあ、それにしてもいいお天気ですねえ」
「そうだなあ。昼間は半袖でもいいくらいだ」
「風も気持ちいいし、なんかほんとに外にいるみたい」

ふよふよと前髪を浮かせながら気持ちよさそうに目を閉じるかなえの頬は既に桜の花びらより赤い。そしてそういう俺も大概酒が回ってきている自覚がある。

「かなえがいなかったら」
「うん」
「こうやって家で花見しようなんて、思いもしなかっただろうなあ」

いくら知り合いのおっちゃんに桜が売れ残って困ってるって言われたって、精々が知り合いに贈るくらいで、家に花を飾って弁当作って花見しようなんて発想には絶対ならない。

「ふふ……ここ半月くらい毎日のように花見がしたいってボヤき続けた甲斐がありますね」
「まあそれもあるけど……」
「ある……けど?」
「……でも、そうじゃなかったとしても、お前が元気がなかったら、なんとかしてやりたいって思うよ俺は」
「……」
「……ん?」

今俺は何を口走った?何かとんでもなくクサいことを言わなかったか?

「……スマン、今のはなかったことにしてくれ」

明らかに酒のせいだけじゃなく暴れはじめた心臓を押さえながら恐る恐るかなえの方を見て、一気に脱力する。聞かれてたら聞かれてたでうろたえるくせに、聞かれてなかったら聞かれてなかったでちょっとガッカリするなんて俺も大概めんどくさい。

「おーい、風邪引くぞ」

呑気だなあなんて思いながら窓を閉めて、その寝顔を間近に見る。さっき言ったことに嘘は一つもないけれど、正面切って言えるようになる日なんてくるんだろうか。いつかくればいいななんてほんの少しだけ思いながら、俺もゆっくりと目を閉じた。
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