「そういえばかなえはネックレスとか全然つけないんだな。」

それは、夕食のためにお膳を拭くかなえの、Vネックのセーターから覗く胸元があまりに寒々しかったがために出た言葉だった。かなえは華奢な体つきをしている。首もほっそりしていて、きれいな鎖骨をしていた。だから余計に寂しさが目立ったのだろう。言われた側のかなえはきょとんとした顔で顔を上げ、俺を見た。

「どうもアクセサリーに興味がないというか……可愛いなとは思うんですけど、つけたり外したりするのが面倒で。」
「ふうん。そんなもんか。」
「あったらあったで、つけるのかもしれないですけど……自分で買おうとまでは思わないですね。」

にしてもどうしたんですか急に、と首をかしげるかなえに、いや別にふと気になって……と適当な言葉を返す。そういうのはよくわからんが、かなえならきっと何をつけても似合うんだろうなと思った。


それからしばらくした日の帰り道、全くそういうものに疎い俺なりに、ここなら色々あるに違いないと、わざわざ電車を乗り継いで銀座へやってきた。とは言ってもさてどうしたものか。よくよく考えればかなえくらいの年代の女の子が好きなブランドなんてただの一つも知らない。

まあとりあえず、と一番手近にあった店のディスプレイを眺めてみれば、これでもかというくらいキラキラと輝いていて、思わず目を細める。恐る恐る中に入れば「いらっしゃいませ」と微笑む店員の目もギラギラと輝いていて、引き返しそうになった。

「クリスマスプレゼントですか?」
「ええまあ、はい、そんなもんです……」
「何を贈られるご予定ですか?」
「なに?……ああと、えっと、ネックレスを……」
「でしたら今はクリスマス限定のこちらが一番人気でして……」

デザインがどうとか素材がどうとか一生懸命説明してくれているが、横文字が多すぎてびっくりするくらい耳に入ってこない。はあ、とか、へえ、とか、気のない返事ばかりしている俺を見かねたのか、「お相手の方はおいくつくらいですか?」と店員さんが言った。

「えっと……相手はハタチくらいで……」
「学生さんですか?」
「あ、はい。」
「お相手の方はどんなイメージですか?」
「イメージ?うーん……全体的に華奢で、可愛い感じですね。」
「でしたらこちらはいかがですか?」
「ああーうーん……これはちょっと可愛すぎるかな……」

そう言って見せられたのはハートがぶら下がったネックレスで、いくらこういうのに疎い俺でも、俺とかなえの関係性を考えればあり得ないチョイスだというのはわかった。

「でしたら、もう少しシンプルなものでしたら、こういったものがおすすめですよ。」
「ああうん、それくらいなら……」

ではいくつかお出ししますね、と店員さんがガラスケースを開いているのを見ていると、「よぉ」と真後ろから声を掛けられて肩が跳ねる。聞き覚えのありすぎるその声に、でもまさかと思いつつ、俺は油の切れたブリキ人形のようにぎこちなく、後ろを見た。

「なんでいるんですか後藤さん。」
「たまたま通りかかったらお前が入ってくのが見えたから。」
「つけてきたんですか。」

にやあっといやらしい笑みを浮かべる後藤さんに、勘弁してくれと項垂れる。よりによって一番見られたくない相手に。最低だ。と頭を抱えていると、後藤は黒いケースに並べられたネックレスを見て「ふうん」と呟いた。

「にしても……ひと回り以上下のかわいい系の女子大生ね……」
「な、まさか、全部聞いて……!」
「どこで知り合ったの?」
「……どこだっていいでしょう。」
「ああ、もしかして……店?」
「っ違います!」

言外に商売女かと尋ねられて、力強くそう返してしまう。店内が少しだけ静かになった気がして、小声で「すいません」と言えば、後藤が「こっちのがいいんじゃねえの?」と指差した。値札を見れば桁が一つ違う。

「それは流石に……」
「なんで、お前最近勝ってんだろ。」
「そういうことではなくてですね……」
「ひと回りも離れてんのにケチってたらあっという間に捨てられるぞ。」

ま、それはそれで俺としては面白いけど。と言い捨てて、じゃ、と後藤は去っていく。俺はキリキリしだした胃をさすりながら、その後ろ姿を見送った。

「まあでも確かに……な。」

認めたくはないが、後藤の言うことは最もだ。女の子がひと回り上の男に求めるものなんて、経済力とか包容力とか、そんなもんしかないだろう。

「包容力、ね。」

生憎そんなもの、微塵も持ち合わせてはいない。じゃあやっぱり前者でなんとかするしかないのか。いやでもそもそも俺はかなえに求められてすらいないじゃあないかと頭の中がどろどろになりかけた時、吸い寄せられるように目が止まった。

「すいません、それ、見せてもらってもいいですか?」
「こちらですか?」
「はい。」

後藤の指差したふたつ隣にあったそれは、シンプルながらも華やかで、まるでかなえそのものみたいだと思った。

「それください。」

後藤の言葉につられて、金でかなえの気を引こうとしてしまったことを恥じる。そもそもこれはただの俺の自己満足なのだ。俺がかなえに贈りたいと思ったから贈る、ただそれだけのことだ。たとえかなえが受け取ってくれなくても、喜んでくれなくても、悲しんではいけないし恨んでもいけない。そして仮に受け取ってくれたとしても、それを良いことに何かしようと思うなんて、もっと駄目だ。

大事なことを思い出せてよかった。それは、俺がかなえといるためにとても重要なことだから。

「……帰ろう。」

綺麗にラッピングされたそれを、丁寧に鞄の中にしまって店を出る。今はただ、早くかなえの顔が見たかった。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -