※高三設定






武士に隠し事をしたこと、そんなことたくさんあったけれど本当に大切なことだけは教えていた。わたしを二人で共有したかった。それに応えて彼もわたしに秘密を教えてくれたかどうか、わたしは知らないけれどそんなことどうでもよかった。つまり、自己満足に過ぎなかったのである。

「ここ出るんだってな」

わたしは自己を満足させることのできる範囲のことしか話さず、それ以下のこともそれ以上のことも話さなかった。だから何故武士がわたしの進路を知らないのかと聞かれたら、至極簡単なことである。「なんで言わなかったんだよ」、武士の飼っている猫の首元を撫でてやる。こんなところが気持ちいいだなんて猫の気持ちがよくわからない。

「言う必要なかったから」

武士は悲しそうな顔をして目を伏せた。それを見て、ああ、言うべきだったのかと今更ながらに気付く。わたしはと言えば常日頃武士が卒業してからどうするかなんて聞いていたし聞かなくてもわかっていた。けれどそれはわたしの自己満足と同じでわざわざわたしの進路まで共有する必要はないと思っていたのだが、それが間違いだったようである。

「誰に聞いたん?」
「お前の母親」
「ああ、…ごめんな」
「ワイは言うてたのにな」
「いじけないでよ」

小学生の頃にこっちに引っ越して来て一番最初に仲良くなったのは武士だった。ご近所さんだったからって、まさか彼がジャイアンだとは知らずに。だからだんだん明らかになる武士の性格に驚いたけれど、それよりも勝ったのは子供ながらの好奇心。わたしは傷つけられないだろうと根拠のない自信を持っていたからこそここまで仲良くできたのであって、我ながら阿呆な子だったなあと思う。せめて親友と呼べる女の子を作っておくべきだった。不意に武士が顔を上げる。

「行くな」
「アホか」
「せやかて、ワイから離れるなんて思っとらんかったんや!アホはお前やろ、今更ワイから離れてどうすんねん」
「いやいや、アホはそっちだから。もう決まった事やし、しょうがないでしょ。いいじゃん遊びに来れば」
「…ちゃうねん」

そう言うとわたしが撫でていた猫を取り上げそれをそのまま部屋の外に追い出してしまった。扉がバンと閉まった後に、悲しげな鳴き声が聞こえる。

「可哀相」
「あんなあ、ワイが今までどんな思いでここまで過ごして来たと思うとるんや」
「さあ?」

純粋に首を傾げるわたしの前にどっかり胡坐をかいて武士は座った。わたしの少々関西弁の混ざった言葉も、思えば全部全部武士の影響。親はこっちの人ではないし、人間関係を気にすることもない小学校時代は当たり前のように武士と一緒にいた。
じっと武士がわたしの目を見つめる。いつも大きな声を出して騒ぐくせに、ふとした瞬間大人びた顔をするから男の子って怖い。

「ワイな」
「うん」
「ずっと我慢して来たんや」
「何を?」
「まあ待て。とりあえず、ずっと我慢して我慢して、やっとここまで来たんや」
「ふーん」
「自分なりには頑張った方やし、報われてもええと思うねん。せやろ?」
「内容がわかんないからなんとも言えないけど、武士ががんばったんなら報われるんじゃない?」

言っている意味がわかるような、わからないような。そんな曖昧な感覚の中武士は一人で話を進めて行く。

「そりゃあ死ぬほどつらい時もあったんやけど、今はまだ早いって、大人になったらわかるやろって思ってた」
「わかった、ボクシングの話?」
「ちゃうわドアホ」
「じゃ、わたし?」
「………」

何も言わない、ということは、肯定と受け取ってよいのだろうか。罰が悪そうにどこかに視線を投げるその姿は幾度となく見て来たものであるが、何故だか今までのどれよりも愛しく見えて仕方がなかった。かわいい、かわいい。しかしそんな余裕な精神とは大違いで、身体はその武士の姿に見事に打ち震えていた。それが歓喜か、はたまた羞恥かは定かではないがきっとどちらでもあるのだと思う。自分のことなのによくわからないのは、この心臓が今までで一番その存在を主張するから。

「…どういう意味か、」

よく、わからない。
気付いているけれど自惚れで終わりたくないずるいわたしは彼に乞う。案の定彼は本当に嫌そうな顔をして、けれどそこで顔を赤くなんかしたりしないのはさすがだなあと一人感心。今までたくさんの女の子といたのを見て来たけれど、どれも彼には似合わないと思っていた。おかげで武士は女の子に慣れたとは思うけれども、わたしからすると滑稽でしかない。

「…一回しか言わんからな」
「うん」
「…ワイは、ずっとお前と一緒にいて、卒業してからもずっと一緒のつもりやった。だから我慢して来たんや、手出さないで」
「うん」
「…これ以上は、言わん」
「えー!情けな!男が廃るわたっちゃん!」
「たっちゃん言うなドアホ!」

だって彼の隣にはわたししかいなかったから、武士の隣はわたししか有り得ないのだ。自分で言うのもなんだか、って感じがするけれどそれが当たり前になってしまっているだけ。最も、似合わないという考えなんて本当はただのわたしの嫉妬に過ぎない。

「ホンマに行くん?」
「うん」
「ワイのこの殺し文句聞いてもか」
「うん、だから、最後にいろいろ言っておいた方ええよ、わたしに」

「…好きや」
「うん」
「……なんかなあ、ムードないっちゅーか、お前、なんでうんしか言わんねん!そこ普通ウチも好きぃ言うとこやで」
「ウチも好きぃ」
「キモいわ」
「やかましいわ!」
「…ホンマ、なんていうか…」
「武士」
「なんやねん」
「武士のこと、好き」

十年近く友達をやって来たわたしたちに今更甘い雰囲気を求めてもできやしない。それをお互いに理解しているのだけれどどうしても期待するのはまだ子供だから、そして、わたしたちが好き同士だから。まだ愛さえもよくわかっていないからただお互いを求め合うだけなのだけれど、それでお互いが十分ならばそれでいいじゃないか。武士がわたしの言葉に照れてくれたらかわいいなあで終わってたのだけれど、如何せんそれで終わらないからやっぱり男の子って怖いと思う。


君と踊る夢を見た











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之艸さんへ!捧ぐ!
宮田をおいしくいただいたので千堂さんをごちそうします、もぐもぐ

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テーマ「人外ファンタジー」
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