たまたま、どうしようもないほどくだらないことなのだけれど探し物をするために図書館にやってくると見覚えのある後ろ姿を見つけた。彼の周りには明らかに警護を仕事とする人たちの姿があって、一瞬どうしようか悩んだのだけれど、話しかけることにした。

「セリム」

ぱっと振り返る表情は見た目相応のあどけないもので、しかしながら事情を知っているわたしにとってみれば年相応とはいえないものであった。「嬉しいです、こんなところで会えるなんて」。ぱたぱたとわたしに駆け寄り、腰に腕を回してぎゅうと抱きつく。誰もが思わず頬を緩めてしまう和やかな様子に勿論護衛は見向きもしない。わたしを警戒の対象外と考えて、ひたすら周りをキョロキョロ見回しているのだ。「あっちにおもしろそうな本があったんです、行きましょう」。切り替え早くわたしの腕を引っ張り始めるセリム坊ちゃまが、皆さんついてきたら父上に言いつけますよ、と軽い脅しをしてついて来ようとした護衛を追い払う。わたしも一応軍の人間であるから銃とかも持ち歩いているし、そもそも彼といれば命の保証は確実である。人がいなくなった途端に冷め切った目をするプライドといれば、ね。

「本当に居心地が悪いです」
「でしょうね、家にいればいいのに」
「しかし、ここに来ればあなたともこうして会えるでしょう」

誰もいない、誰も見えない席を予め知っていたのだろう。椅子に座って下から見上げてくるその瞳はそれこそ年相応でないと訴えたくなるもので、しかしもっと見ていたいから視線を合わせるためにしゃがみこんだ。「わたしもあなたに会いたいです、プライド」。ホムンクルスとか軍とか関係なしに、ただプライドに魅かれていた。側にいれば飽きない、わたしにとって唯一無二の存在だと感じた。「…本当に疲れました」、プライドは机に両腕をつき、それを枕にしながらわたしに目を合わせる。

「寝たらどうですか」
「別に寝る必要もありません」
「わたしがいますから」
「意味がわからない。…まあ、寝ることは嫌いじゃありませんよ」

そう言ってわたしとは反対側を向き、わたしも邪魔をしないようにと適当に本を選び彼の寝顔を見るため隣の席に座る。と、既に彼は寝ていた。ホムンクルスでも寝るんだなあ、人造人間とはよく言ったものだ。
その寝顔は見た目相応のかわいらしいもので、母性本能とも呼べるそれがぶわりと溢れた。なるほど、これなら何十年も前からうまくやって来られるわけだ。本来ならばその柔らかそうな肌にでも指を突き刺したいのだが、如何せんそんなことやったら怒られるだろうし、寝ぼけてコロッと殺られてもおかしくはない。彼の隣にいることは本望ではあるが、それは同時に死と隣り合わせでもあるのだ。

「…まあ」

こんな寝顔見ていたら、恐ろしい人間の行く末もホムンクルスの計画もドロドロとした出世や名誉を企む輩も、すべてがどうでもよくなってしまう。ここだけ何か隔離された別の空間のようで、それがまたわたしの心を満たす。彼がわたしに会えると言ってくれた言葉が再び蘇り、ただどうしようもなくこの手で抱きしめていたいと感じた。持って来た本を閉じ、ひたすらにわたしの存在意義である彼を見つめる。



ずっと側に、必ず守ります、何があっても、わたしはあなたのために在る。
それが愛だということに気付いたのは、いつのことだったろうか。








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此処 様に捧ぎます

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