昼間に豪ちゃんのお友達と巧が勝負したところ巧の全勝で終わった。しかし豪ちゃんに大きなフライが打たれ、珍しいなどと軽い気持ちでいると巧と江藤君が軽いどつきあいを始めてしまったのだ。豪ちゃんがいなかったら、と思うと本当に恐ろしくなる。巧が出会ったキャッチャーが懐の広い豪ちゃんでよかったと心の底から思った。


「青波?」


帰って来て自室で片付けをしていると、青波がこちらを覗き込んでいた。どうしたの、と聞くと目をうるうるさせながらわたしの隣に座り込み、束の間勢い良く咳き込む。昼間にあんなに動いたせいだ、フライが初めて捕れたと興奮していたものなあと背中をさすると、青波の咳が聞こえたお母さんがすごい形相でわたしの部屋にやって来た。そうして青波を抱えて即座に部屋を出る。


たまに、こういう時があった。お母さんはたまにわたしがいないかのような態度で巧や青波に接する。まるで見えていないかのように、見えていたとしても赤の他人であるかのように。こちらに引っ越して来てから初めてのソレに、驚きもせずただ慣れてしまったなあと虚無感を覚えた。


「離して!」
「青波!」


廊下でお母さんたちの会話が聞こえる。グローブを磨きながら、今度は思い切り扉を閉める音が聞こえた。それからしばらくして、すすり泣く声が聞こえる。それがだんだん近付いて来て、嫌でも彼女は今わたしを求めているのだとわかった。


「…どうしてかしら…」
「お母さんがわかんないなら、わたしもわかんないよ」
「…そうよね、ごめん」


嘘、本当はわかっている。青波はお母さんの過保護っぷりをしつこく感じているのだ。トン、トン。ゆっくり階段を下りて行く足音が妙にうざったく感じてベッドに入り込む。お風呂には帰って来てからすぐ入ったしこのまま夕飯まで寝ていよう。頭まで布団を被ってしばらくすれば落ちるように眠りに入った。








「起きて、名前、おい、起きろ」


目を開けると真っ暗で、今が何日の何時であるかがわからない。「ご飯、もうみんな食べたぞ」、うまく開けられない目をなんとか両腕で覆い、聞こえた巧の声に適当に返事をする。「…今何時?」「夜の9時」。どうやら随分と長い昼寝をしてしまっていたようだ。部屋の外からは家族団欒の声が聞こえ、わたしと巧しかいないことを教えてくれる。


「…起きないのか」
「眠いから、いい」
「………」
「……、巧?」


巧が布団をめくり、ひやりとわたしの足を撫ぜる風に不快感を覚える方が先だった。巧はわたしの腹にまたがり、目を覆っていた両手首をゆっくり枕に縫い付ける。真っ暗だから巧もわたしが見えないのだろう、わたしの左手を解放した右手はするするとわたしの顎に添えられた。


「たく」
「お前は違うだろ」


何が、という問いすらさせてくれなかった。唇に感じるのは確かに巧のそれであって、ぶわり、なんとも言えない感覚が全身を駆け巡る。


「わたしたち、兄妹だよ」
「だからどうしたんだよ」
「こういうこと、するもん?」
「お前にしかしない」


舌を絡ませるだなんて、そんなのどこで覚えて来たんだと怒ってやりたくなる。だいたいにしてわたし以外にもするなんてこと今更わたしだって許すわけがない。自分の心に歯止めをかけようとして、それを止めさせたのは巧なんだから。「んう、」。わたしたちは過ちを犯した。今更戻れないのだ。


//悲しき哉、美しき哉

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