「原田の双子の妹?俺永倉豪」
「名前って呼んでよ、“豪ちゃん”。でっかいねえ」
「よろしくな」


見上げたその背丈に5cm分けてほしいとさえも感じた。「今からキャッチボールしに行くんじゃって!」。とん、と青波がわたしにくっつく。言わずもがな青波はついて行くだろうから、わたしも片付け終わったし見に行こうかな。
「お前もグローブ持てよ」、いないと思っていた巧の声が後ろから聞こえる。懐かしい匂いのそれを頭にかぶせられ、先行く巧の背中を見つめながら頭からはずす。キャッチボールは、久しぶりだなあ。


「名前もやんのか?」
「“自称追っかけ”、名前はうちのチームのレギュラーだった」
「っ嘘じゃろ!?」
「公式試合はさすがに出れなかったけどね、ショートだよ」


ぐいぐいとグローブを慣らす。「野球やっとる姉ちゃんな、かっこええんやで」。そう言う青波がかわいくて頭をぐりぐり撫でてやる。


「…はー、人は見かけによらんとはよく言ったものじゃ」


そのセリフに得意げになってピースをしてやれば、巧が睨んで来た。








豪ちゃんは巧の球を五球目で捕った。すごいなあ、わたし、あんなん防具つけても捕ろうとは思えないもの。自分が捕るべき打たれた球を捕るのとはまた違うボールに最早恐れさえ感じてしまう。そして、巧がわたしに本気で投げてくれたこともなかった。


「豪ちゃんは特別だね」
「アホか」


案の定甲子園出場経験があるという大人の人もボテボテのセカンドゴロ。適当に青波と守備に入っていると、青波の方にボールが向かった。一瞬ヒヤッとするのは母親譲りの過保護のせいであって、いけないと自分を抑える。青波は見事豪ちゃんに送球していた。


「っね、姉ちゃん!見たか今の!」
「見た見た、ナイス青波」


さて、と。
喜ぶ弟とは裏腹に、これまた苛立っている兄の姿。最近よく、新田にやって来てからイラついているなあと頭をがしがしすると豪ちゃんのお母さんが迎えに来ていた。塾だと怒鳴っていて、それが不憫で仕方がない。それに続くようにお母さんも迎えに来て、ここにいるみんなを一通り叱る。


「名前、あなたももう中学生なんだから野球は続けられないわよ」
「…わかってるよ」


青波を連れて帰ろうとしていたのでわたしは怒られないで済むと思ったのが計算違いだったようだ。曲がり角で姿が見えなくなったのを確認してから、ふうと重いため息をつく。ここに来てから巧がイラつくように、わたしもなんだか居心地が悪い。せっかく素敵な環境だと思っていたのだが。








次の日の昼に豪ちゃんが迎えに来た。なんでも(巧の歓迎会を兼ねた)練習をやるらしく、わたしも来ればいいと誘われた。あまり乗り気じゃない巧に、投げないと溜まるよとこっそり言えば面倒くさそうに舌打ちをしていた。
トンネルのような森を歩いていると、中に集団がいてそれが豪ちゃんの仲間たちだと瞬時に理解する。自己紹介もほどほどに、目の前にある食べ物にみんなが食らいついた。


「う、っまー…」
「…うまいな」


大きくて赤く熟れた苺がわたしを魅了する。それをぱくりと食べれば、隣の巧からも同じような感想が出た。それからわいわいやっているのを余所に苺や寿司を食べていたところ、江藤君がぼそりと巧に向かって暴言を吐く。もちろん自己中心主義の巧はそれを軽くかわすのだが、江藤君は突然声を張り上げて巧にキレた。


「態度でかいて言うとんじゃお前!!」


態度でかいのは今更なのでどうしようもないのだが、確かに巧ももう少し喜んでもいいと思う。それなのにどうでもよさげで、せっかくいろいろ準備してくれたみんながかわいそうだ。江藤君が走り去ってしまった後を目で追い、わたしも先に行くと立ち上がる。巧は江藤君を心配する豪ちゃんすらうざったそうにしていて、ここでわたしが何か言おうとも何も変わりはしないのだ。


「待てよ」


ギロリと巧が睨みつけて来る。先程のお遊びとは違う、本当に怒りのこもった瞳だった。


「巧、言い過ぎ」
「どこ行こうとしてんだよ、まさかアイツのところじゃないだろうな」
「だって待ってるし」
「お前、…本気で言ってんのか」


低くドスの利いた声に反射的に体がびくついた。中学生にもなりきれていない男の子の低い声なんてたかが知れているが、それでもわたしの中の巧への感情と目の前にいるギラギラとした恐ろしい目さえあればそれで十分過ぎるほどであった。


「兄ちゃんは、考えるのが足らんのとちゃう?」


不意に口元に食べカスをつけたままの青波が言う。それによって巧の視線はわたしから逸れてほっとした。「ちびが…、口出しするなよ」「だってこの前野球のテレビで言うてたよ、」。青波は巧から視線を逸らさない。ああ、なんだかここに来て一週間も経たぬ内に青波は強く、大きく変わったなあ。「兄ちゃん、心の事考えた方が野球強くなるんで、きっと」。わたしが言うことを諦めていた言葉も、青波が拾い上げてわたしの代わりに巧に伝える。なんて子なのだろう。


「…帰れよ」
「え?」
「熱でも出たらどうするんだよ、大人しくしてろ」
「大丈夫!熱なんか出んもん」


図星なんだろう、巧。余裕がないよ。「帰れ!!」「やだっ、兄ちゃんのばかっ」。さっきまではどうでもよさげにポーカーフェイスを気取っていたくせに、弟に痛いところを突かれてコレだ。まだ青波の方がよっぽど大人だと言える。




「巧」
「なんだよ」
「図星なんでしょ」
「お前今夜覚えてろよ」


そんなセリフすら小さな強がりに聞こえる。袖をひっぱり視線を合わせ、眉間に皺を寄せた巧がどこかおかしかった。


「自己中な巧が今更なんだってさ。ただ、人が優しい内に感謝しといた方がいいよ」
「…お前も、俺が優しい内に謝っとけよ」


世話の焼ける愛しい兄である。


//世界の悲鳴

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