お父さんの転勤でお母さんの実家、新田市に引っ越すことになった。わたしとお母さんの間ではしゃぐ青波はとっても嬉しそうで、純粋でかわいらしいその姿にこちらもにっこりしてしまう。それとは正反対にと助手席にいる双子の兄、巧に視線を向けると何かを見つめていた。おそらく普段から持ち歩いているボールだろう。


「姉ちゃん、見て、かわいい花」
「いっぱい木あるし、いいとこだね」


虫とかは苦手だけれど花や木、自然は大好きだ。それらに囲まれたこの環境はすごく居心地がよいと感じられる。家に着いて荷物を置き、お母さんの手伝いをしていると二階からちょうど巧が降りて来ていた。


「ランニング?わたしも、」
「お前はいい」


小4から一緒に続けていたランニングを、断られてしまった。


「ここ来たばっかで、危ないだろ」
「でもわたし体力落ちるし」
「…いいから、今日は黙って母さんたちの手伝いでもしてろ」


わたしの返事を聞きもせず家を出て行ってしまったところを見れば相当イラついているのがわかった。わたしの返事を聞かないことなんて今まで星の数ほどあったことなのだが、触らぬ神に祟り無しとも言うし、今日は一人で行かせてやろう。何か事情があってランニングに行けなかったことなど今更珍しいことでもない。


「参ったなあ」


悲しそうな顔をしながら二階から降りて来たのはお父さんだった。


「巧、どうしたの?」
「わからん。どうしたもんかなあ…」
「反抗期?」
「…みたいだな」
「これじゃあわたし反抗期来ないね、わたしまであんなんなったらお母さんブチ切れるよ」
「ははは、そうだな。名前は大人びてるよなあ」


いつもこう。わたしが何かする前に巧がその何かを先にやってしまうから、わたしは何もできない。おかげで大人びている、いい子だとはよく言われたけれど、たまにはクソオヤジクソババアと罵倒してみたくなるものだ。しかしそれはわたしがチキンではなかったらの話であって、巧のような自信やプライドがわたしにはないから一生できない。


「名前、お父さんに挨拶して来なさい」
「はあい」


お母さんのお父さん、つまりはおじいちゃん。久しぶりに会うけれど変わっていないといいなあ。そもそも変わる前のおじいちゃんをよく知らないが。適当なサンダルをつっかけ、見つけた小さく丸い背中に声をかける。「おじいちゃん」。振り返った顔に、変化という変化は感じられなかった。


「元気にしとったか」
「うん、いつ振りだっけ」
「名前だけ遊びに来たことがあるからのう、…まだ10歳にもなっとらんかったかな」


はてさて、どうじゃったかのう。考えながら薪を燃やす作業を隣で見ていれば、やってみるかと誘われた。それに頷いて薪を手に取り、思い切って投げ入れる。瞬間火の粉と木の粉が舞って思わず目を瞑った。
はっはっは、と笑う声に少なからず羞恥を感じていると、優しく置くように入れるとアドバイスをくれた。「怖がってはいかん」。今更もらっても仕方がない忠告に、もうやらないと身を一歩引くとおじいちゃんは優しい目をしていた。


「巧、しばらく見ん内におっきくなったのう」
「身体も態度もね」
「視野が狭いのが残念じゃ」
「いつかわかるよ」


ふと視線を感じたのでおじいちゃんを見ると、驚いているようだった。


「ははあ、たまげたなあ…」
「え、何が?」
「随分大人クサイ奴じゃ、親と兄が子供っぽいからか?」
「お母さん聞いたら怒るよ」
「だーいじょーぶじゃ、居やせん」


「ただな、名前、あんまり気張っとると、疲れて動けなくなるぞ」








巧がランニングから帰って来たのはご飯を食べ始めてからだった。わたしと青波がどこか嬉しそうにしている巧を見てクスクス笑い合っていると、何も気付かないお父さんが再び余計な一言を言ってしまう。ああもう、なんでいっつもこうなっちゃうかな。ふうとわたしがため息をつくとますます空気が重くなり、どうしたものかと小鉢を見つめていると青波が助け舟を出した。よくやったとお肉を分けてやれば、目一杯の笑顔を向けてくれた。


「青波ってすごいよね、なんであの空気で発言できるんだろ」
「お前、なんでわかったんだ?」
「ぼくだけじゃないで、姉ちゃんもちゃんとわかってたで」


なっ、と同意を求めてくる青波に、それを言えるか言えないかでかなり違ってくるよと頭を撫でてやった。しばらくすれば青波にお風呂に入るように言うお母さんの声が聞こえて、はあーい!と一生懸命返事をした青波はパタパタと部屋を出て行った。






「名前」


ボールをことりと床に置いて、巧がわたしの隣に座る。巧が元々座っていたところではボールが転がっていて、それを何気なく見つめているとぎゅうと抱きしめられた。


「お前もわかったんだな」
「わかるよそりゃあ」


ずっと追いかけていたんだから、ずっと見ていたんだから。すり、と首元に頬を寄せる巧の髪がくすぐったくて、それを我慢しながらも頭を撫でていたら不意に巧が離れた。どうしたのだろう、いつもならもう少しくっついていてもおかしくない。鋭い射抜くようなその視線にどぎまぎしていると、「名前」、と巧が小さくわたしの名前を呼んだ。


「なあに」
「お前だけでいい」
「それは無理だよ」
「無理でもいい」

「お前だけが俺をわかってる」






そう言って巧はわたしにキスをした。


//悲しい不幸を撒き散らした

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