「名前、ちょっと来て。」


ある土曜日の午後、部活を終えて居間で青波とテレビを見ていたらお母さんに呼ばれた。巧は出かけている。
青波を残して台所へ向かうと、食卓テーブルについているお母さんは真面目な顔で「座って」と言った。その雰囲気はまるで、養子だと告げられた日のようだと思った。


「この間来てくれた男の人、ここまで案内してくれたのね。ありがとう。」
「あぁ、うん。誰だったの?」


何気なく聞いたつもりだったが、お母さんの顔を見てそれが本題だと気付く。青波を見ると、まだテレビに夢中でこちらの会話は聞こえなそうだ。
お母さんは少し固い表情をしている。いい話なのか、悪い話なのか。わたしにも緊張が伝わって、じわりと手汗をかいた。あまりよくなさそうだと思った予想が外れることだけを願う。
ふと、巧の顔が思い浮かんだ。私を大切に思ってくれている巧の顔が。
お母さんの話が怖い。何を言われるのだろう。助けてほしいと思った。他の誰でもない、巧に助けてほしい。わたしをここから救い出してほしい。何があっても、私を一人にしないでほしい…。

でも、と唇を噛む。それは甘えだ。巧も私ばかりに構ってられない。事実、やっと活動再開した部活で毎日毎日忙しそうだ。
いつだって自分の力で巧の隣に立っていられるような女の子になりたい。わたしは巧のことが好きで、巧にもずっとわたしのことを好きでいてほしい。

覚悟を決めて顔をあげたわたしに、お母さんが手を伸ばす。頭を撫でられて、息を飲んだ。その瞳は、確かにお母さんだった。








巧の部屋のドアをノックする。部活を終え、お風呂に入り、ご飯を食べた巧が寝るために部屋に入った音が聞こえていた。返事はないけれどゆっくりドアを開けてみれば、もう布団が盛り上がっている。疲れてるかな。


「…巧、寝た?」
「…寝た」
「ごめん、疲れてるのに」


顔をしかめながらも体を起こしてくれる。疲れてはいるけれど、機嫌は悪くなさそうだ。
伝えるなら今しかないし、早く伝えたいと思った。


「あのね、巧」
「ん」
「わたしは、わたしと巧は、」
「落ち着けよ、どうしたんだよ」


何から話せばいいんだろう。胸がドキドキしてきた。興奮して、言葉がうまく出て来ない。
わたしの様子を見て只事ではないと察した巧も、驚いた様子で布団から出てきてくれた。ベッドに腰掛けるわたしの横に胡座をかいて座る。
二人で見つめ合う。今のわたしは巧にどのように映っているのだろう。


「わたしね、養子なんだって」


わたしの言葉を聞いた巧が目を見開く。
どんな気持ちなんだろう。


「わたしたち、血が繋がってないんだよ」


巧は固まって動かなかった。
どんな、気持ちなんだろう。

ドキドキしながらその返事を待つが、想像していたよりも長く無言の時間が続く。あれ?と急に不安になり、耐えられなくて恐る恐る手を握ったら、強く握り返された。はっと巧の顔を見れば、キスをされる。


「たくみ、」
「黙ってろ」


夜だから、他の部屋に家族だっているのに。そんなこと関係ないとでも言うように巧は止まらない。これは、喜んでくれているということでいいのだろうか。兄妹かどうかなんて関係ないとは言ったけれど、普通の感覚なら血の繋がりは気になってしまう。将来や周囲のことを考えたなら、尚更。
しばらくして唇が離れた。


「わたしの本当のお母さんは死んじゃっていないんだけど、お父さんはいるみたいなの」
「行くな」
「えっ」


そう言って巧はわたしを抱きしめた。一方のわたしは巧の行動に動揺を隠せなかった。
まだ、何も話していないのに。


「…ねえ巧」
「……」
「知ってたの。いつから」
「…最近だよ。お前の父親って奴が来てすぐ、教えられた」


腕の力が強まる。苦しい。
どうにか手を伸ばして、彼の服を掴む。


「なあ、行くなよ。俺らには兄妹とか、関係ないって言っただろ。ずっとここにいろよ」
「巧」
「俺から離れるなよ」


お母さんから、先日来た男の人がわたしの本当の父親だと聞かされた。血のつながっている、父親。
少し前から連絡をとっており、わたしが生まれる前から最近までずっと海外で仕事をしていたが、最近東京に戻ってきたのだという。そして環境が整ったので、わたしを引き取りたいという話だった。
もちろんすぐの話ではないし、断ってもいいのだとお母さんは言っていた。
お母さんかな、巧に話したの。養子って話と同時に、当事者であるわたしよりも先にこの話も聞かされていたのか。
驚きつつも不快感はない。巧だからだろう。


「…でもさ」


巧の体を引き離す。顔を見ると、ひどく怒ったような、傷ついた顔をしていた。こんな表情はしばらく見たことがなかったので、思わず笑ってしまう。「なんだよ」と尖らせた唇に軽くキスをすると、少しだけ機嫌が直ってかわいいと思った。


「わたしたち兄妹じゃなくなると、結婚できるんだよ」
「結婚なんかしなくても一緒にいればいいだろ」
「わたしはしたいよ。結婚すれば巧に近付く女の子はいなくなるし、巧といても誰にも文句は言われないし、叶わなかったことも叶うようになる」


お母さんがわたしにしてくれたように、わたしも巧の頭を撫でる。わたしの中で答えはほぼ決まっていた。


「その人と、会ってみる」
「…俺も行く」
「いや、巧部活で忙しいでしょ。大丈夫だよ。最初はお母さんたちもいてくれる予定だし、嫌な人だったらいくら血繋がってても断る」
「……」
「それにその人のところに行くのは早くても高校からだよ。あと二年半は一緒にいれるから」


とうとう何も言わなくなってしまった巧は、怒っているというよりも、わたしの決断を受け入れようとしてくれているように感じた。今は重要視していない兄妹という関係や結婚は、大きくなれば避けられない問題だろう。さすがの巧も理解はできるようで、大人しくなった。
巧の手に触れると、指が絡んだ。親指で優しく撫でられる。

わたしたちは生まれてきた時からずっと一緒で、これからも離れるわけがないと思っていた。何故ならわたしたちはお互いを必要としていて、離れるなんて考えられなくて、わたしは巧を、巧はわたしを、好きだから。

でもわたしは、わたしたちは。
好きだからこそ今離れる選択をする。


「いつか迎えに来て。絶対浮気なんてしないでね。巧のこと、信じてるから」


冷たいかもしれないけれど、わたしは嬉しかったよ。巧と血が繋がっていないことも、巧と兄妹じゃなくなることも。青波と離れることは寂しいけれど、巧とずっと一緒にいれるチャンスだと思えたから。巧と離れて暮らすことだって、将来のためを思えば我慢できると思った。神様からのプレゼントだとさえ思えた。

寂しいことだけど悲しいことではないんだよ。そう言って笑ったら、一度だけキスをして、またわたしを抱きしめた。


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