巧と喧嘩をしても、同じ家に住んでいるから自然と顔を合わせることになる。朝食の時ようやくそのことに気が付き、朝練とでも言って早く家を出ればよかったと後悔した。
しかし今回の場合、喧嘩というよりわたしが一方的に怒っただけだし、わたしだけ気まずい思いをしている。現に巧はわたしが歯磨きをしている時話しかけて来た。そしてわたしはそれを無視して急いでうがいをし、巧を置いて先に家を出た。

一晩寝て、気持ちは落ち着いた。やはり昨日の自分はどうかしていた、巧が自己中なのも女の子にモテるのもそしてその下心に気付かないのも、今に始まったことじゃない。別に怒る必要はなかったのだ。呆れ、諦めるならともかく。
それでも何か許せない気持ちがあるのは事実だ。だから昨夜はその気持ちを抑えることができず、ああやって一方的に怒ってしまった。

今夜、巧に謝ろう。話しかけようとしてくれたし、きっと許してくれるはず。いつもわたしが巧のわがまま聞いてあげている分、彼だってわたしを受け入れてくれるはずだ。








「すみません」


部活終わり、巧になんて謝ろうかイメージトレーニングしながら帰っていると、家の近くで声をかけられた。スーツを着た男の人で、お父さんより少し若く見える。ジャケットから覗く水色のワイシャツが彼を爽やかに見せるが、まだ残暑が残るとはいえ夕方は冷えるので少し寒そうに感じた。


「はい」
「君、この辺に住んでる子?」


何故そんなことを聞くのか。にこやかに笑っているが、不審者というやつなのでは。
どう返事をしてよいのかわからず黙っていると、わたしの考えに気付いたのか慌てたように口を開いた。


「ここらへんに原田さんって人の家があると思うんだけど…、原田真紀子さん。ご実家だから井岡さん、だったかな。おじさんちょっと原田さんに用事があって」
「…こっちです」


わたしが案内しようとすると、男の人は道を教えてくれれば大丈夫だ、と言った。


「すぐそこなので、大丈夫ですよ」
「ああ、じゃあ、お願いします」


男の人はまたにこっと笑った。優しそうな人だ。


「ここらへんは、新田東中の学区になるのかな」
「…はい」
「君は何か部活やってるの?」
「陸上部に入ってます」
「じゃあ、足早いんだ!」
「いえ、始めたばかりなので…。ここ曲がります」


やがて見えた目的の家を指差せば、彼は感謝の言葉を述べた。そのまま二人で家の前まで行く。ついて来るわたしに、一瞬不思議そうな顔をした。
「いやあ、本当にありがとうございます」。改めてそう伝えられた言葉の裏には、もういいから帰っていいという本音が込められているのだろう。原田家の玄関を突然ガラガラと開ければ、案の定驚いた顔をされた。


「すみません、ここ、わたしの家なんです」


彼をそこに残したままお母さんを呼び、自室に戻った。
あ、そういえば、巧になんて謝ろう。








結論から言うと、巧との喧嘩はあっけなく終わった。一言ごめんと謝ると、意外にも返答は謝罪の言葉だった。
驚きのあまり笑うと彼は少し拗ねたような顔をする。今回はわたしのただの嫉妬が原因だから、巧に非があるとすればその無自覚さだろう。


「ようはお前も俺のことが好きなんだろ」


その通りだ。何も言えない。


「考えたけど」
「考えたけど?」
「俺らには、兄妹とか、そういうこと関係ない」
わたしたちは確かに家族で、兄妹だ。しかしその枠に収まりきらないほどのものがある。だからこの先もずっと巧と一緒にいるのだろう。この時はまだ、そう思っていた。


//たとえば、ここにいる理由

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