一時限目が始まり、先生が黒板に書き始めたのをきっかけにノートを開きシャーペンを出す。正確には、シャーペンを出そうとした。
あー、やってしまった。昨夜筆箱にしまい忘れてしまったんだ。
両隣の人に小声でシャーペンを貸してもらえないか聞いたが、残念ながら二本は持ち合わせておらず。周りの人に聞こうにも授業中のためシャーペンを忘れたと言えども私語は厳禁だ。注意されて注目を浴びたくないし、仕方がないのでこの時間はボールペンで書こう。授業が終わったらすぐに巧に借りに行こう、確か二本持ってるはず。


「持ってないの…」
「筆箱がかさ張るから置いて来た」
「あー、そう…。わかった」


残念ながら巧は持っていないらしい。朝から小野先生と巧というあまり見たくない組み合わせにも遭遇したし、今日はついてない。教室に戻って適当に声をかけるか。
教室に戻ろうと巧に背を向けようとしたら、あの!と聞こえた。巧と二人で横を見ると、一人の女の子がいて、わたしたちに声をかけたようだ。ショートカットで顔は緊張しているのか若干赤い。「矢島」と巧が彼女の苗字であろうそれを述べる。


「話聞こえて…、わたしシャーペンもう一つあるから、よかったら、使いませんか?」
「えっ、いいよ、そんな、自分のクラスで借りるから大丈夫だよ」
「でも、もう聞く時間もないと思うし…、はい!」


聞いて来た割には、意外に強引だった。持っていた筆箱から一本のシャーペンを差し出されてしまったら、もう断る理由はない。


「ありがとう、借りるね」
「うん、あっ、芯入ってる?」
「大丈夫そう。じゃあ戻るね、本当にありがとう」


口角をあげて手を振ると、満面の笑みで手を振り返してくれる矢島さん。巧はじっとわたしを見ている。
教室に入る直前にもう一度ちらりと二人を見れば、あちらも何か話しながら教室に入るところだった。巧はいつもの無表情で、矢島さんは声が弾んでいる。

席について、彼女が先日巧と話していた女の子だと気付いた。
最低だけれど、昼休みに友達の名前ちゃんからシャーペンを借りた。








巧の部屋の扉をノックする。返事が聞こえて扉を開ければ、珍しく巧が机に向かっていた。驚いた顔をするわたしに、巧がなんだよと不貞腐れる。


「テスト前でもないのに、意外だなって。今日は課題ないって言ってたのに」
「課題はないんだけど、借りたノート写してんだよ」
「居眠りしてるんだ。国語?」
「いや、社会。別にいつもしてるわけじゃない」


国語は起きてるのかな、と考えてしまう自分が嫌になる。集中が切れたようで、彼はぐっと背を伸ばしたあとベッドに横になった。「やらなくていいの?」「別に期限ないし」。そう、と呟いて目的のものを差し出す。


「これ、矢島さんにありがとうって。渡しといて」
「自分で渡せよ」
「いいよ、別に仲良くないし、巧の方が返すのスムーズだから」


納得したのか、机の上に置いておくよう言われる。テストはまだだけれど、巧のクラスは今どこまで進んでいるのかとノートを覗き込んで、後悔した。
綺麗な字で見やすくまとまったノートに息が止まる。震える手で恐る恐るノートの表紙を見ると、『矢島繭』と手慣れた様子で書かれていた。


「…ノート、矢島さんに借りたんだ」
「借りたというか、寝てるとこ見てたみたいで押しつけて来たんだよ」
「へえ、」
「お前も今日ソレ借りただろ?そんな感じ」
「断ればよかったじゃん」


ノートの持ち主の名前から目をそらせない。元のページに戻しても、巧がこれを写しているのかと思うと背筋がスーッとしていったのを感じた。


「別に断る理由も、」
「あるよ」


頭の奥がドクドクと脈打つ。


「巧だってわたしに男と話すなとか言うじゃん」
「…何怒ってんだよ」
「誰かさんが自分のことは棚に上げてるからでしょ」
「…別に上げてない。お前だってシャーペン押しつけられて断らなかったじゃないか」
「じゃあわたしが菊野君とか豪ちゃんとかヨシ君と仲良さげに話してノートの貸し借りしてたら怒らないの?怒るよね。少し話しただけで怒ってたじゃん」
「なあ、お前今日おかしいぞ」
「おかしくない、おかしいのはそっちでしょ。大した会話もしてないのにわたしのこと怒って、その癖自分はクラスの女子とか綺麗な先生にチヤホヤされて鼻の下伸ばしてるじゃん」
「おい、いい加減にしろよ。お前が男に話しかけられたって嬉しそうにしてたから俺は怒ったんだよ」
「巧の友達だと思ったから話したんじゃん。そんなことでキレるとか心狭すぎ。わたしがいつまでも巧の言う通りにすると思ってたら大間違いだよ」
「名前!」


部屋を出る直前に、巧の目を横目で見て口を開いた。


「巧のだぁいすきな繭ちゃんと、シャーペンとノートのお礼にでもデートしたら?」


自己中な巧にはもう慣れたはずなのに、わたしの気持ちをちっとも考えていない巧に嫌気が差した。素直に嫉妬したと言えない自分も嫌いだし、積極的に巧に近付く彼女らも嫌いだ。
何より、双子というこの関係性が一番大嫌い。血の繋がりはないからこそ、巧は近いようでずっと遠い存在なのだと知った。こんなにも依存し合っているのに、わたしと巧は一生結ばれることはない。


//瞼が崩れ落ちた

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