昼休みも残り数分で終わるので席について次の授業の教科書を出す。「名前ー」。不意に名前が呼ばれ、顔を上げると教室の入り口に豪ちゃんと知らない男の子が立っていた。どうやら呼んだのは彼らのようだ。空席の菊野君の机をちらりと見てから教室の入り口へ。「菊野君ならまだ戻ってないよ」「名前に用事じゃ」。邪魔になるので廊下に出た。


「わたし?」
「そう!お前!」
「ヨシがなあ、名前に会ってみたいって言っとってな」
「はあ、ヨシ君、どうも」
「お前原田の妹なんじゃろ?似てないな!」


そばかすが印象的な明るい男の子はヨシ君というらしい。いかにも興味津々といった様子でわたしの顔を覗き込んで来る。思わず身を引くと豪ちゃんがヨシ君の肩を抑えて苦笑いをしていた。


「わたしも思う。ヨシくんも野球部?」
「そうじゃ!」
「いつも巧が迷惑かけてるでしょ。ごめんね」
「まあな、じゃけど俺は懐が広いからな!いつも許してやっとる」
「こらヨシ!」
「あはは、ありがとね」


ヨシ君、変わった子だ。巧とはまた違ったタイプの自尊心の高い男の子である。これは巧には言えんなあと豪ちゃんが呟いたので、菊野君の話をした時の巧を思い出してそうだねと笑った。ヨシ君ならぽろっと喋っちゃいそうだけれど。
用事は本当にそれだけだったらしく、じゃあなと二人は去って行った。わたしも教室に入ろうとすると見覚えのある後ろ姿を見つける。巧だ。声をかけようとすると誰かと話していることに気付き、開きかけた口を閉じる。予鈴が鳴り、二人がそのまま教室へと入って行くのを見届けてからわたしも自分の席へ戻った。巧が女の子と話してるの、久しぶりに見たかもしれない。








明日までの課題を終わらせ、ぐっと体をのばした。まだ22時半だけれど、部活で疲れてるし明日も学校だしもう寝よう。誰もいないことをいいことに遠慮なく大きなあくびをする。寝る前におやすみと巧に言いに行くか迷ったが、今日はいつもに増して疲れてしまっているせいか面倒に感じた。毎日のように言ってるし言わなかったことだってもちろんあったから、今日も大人しくこのままベッドに入ろう。最近は涼しくて走りやすくなったことに加え、私たち一年生も部活に十分慣れたため全員気合いが入りメニューもどんどんハードなものになってきていた。
「入るぞ」。言葉と同時に部屋の扉が開く。わたしの意思は尊重されないのは今更だと思いつつも、もしわたしが着替えていたらどうするのか。きっと彼なら何も思わないのだろう。


「どうしたの巧。寝るの?」
「明日学校行くな」
「は?」


思わず笑ってしまった。対する巧はブスッとした顔でベッドに腰掛ける。「どうしたの」。机の上に広げた教材を鞄の中に仕舞ってから巧に向き合うと、彼は腕を組んでふんぞり返っていた。さて、今日はどんなわがままを言われるのか。


「今度は吉貞が会いに行ったろ」
「…うん、今朝来てた」


案の定ヨシ君がわたしを見に来たことは知ってしまったようだ。まああの性格じゃあ黙ってられないだろうな、と肩をすくめる。前髪をとめていたピンをはずし机に置いて、巧の横に座った。相変わらず綺麗な顔立ちをしている。手を握るとすぐに握り返され、真っ直ぐに見つめられた。さながら獲物を定めた肉食動物のようである。


「妬いてくれたの」
「そんなんじゃない」
「そうなの」
「俺以外と話す必要なんかないだろ」
「…それは」
「あるのか」
「…ない、かな」


結局言いくるめられてしまった。男だろうが女だろうが、誰かと多少のコミュニケーションをとらなければ学生生活は窮屈になるだろう。それを知ってか知らずか、恐らくどうでもよいのだろう。とにかくわたしは巧さえいればよい、と巧は考えているのだと思う。それは巧がわたしさえいればよいと考えているからという理由で合っているはずだ。
満足気に微笑んだ巧が軽くキスをする。巧さえいればよいという考えは間違っているに違いないのに、それでもいいかなと思えてしまう。独占欲の強い彼がかわいくて、求められていることが嬉しくて、必要とされることに喜びを感じて。明日から男子と話すのは控えようと決めた頭の片隅で、今日知らない女の子と話していた巧の後ろ姿がよぎった。








巧と登校する時、事情を知らない人から見たらわたしたちはカップルに見えるのかなと思うことがある。それならそれで巧に近付く女の子が減るからいいのだけれど、事情を知っている人から見た時彼がシスコンだと思われていないか心配だ。実際、シスコンなのだろうけれど。
「原田君」。綺麗なソプラノが聞こえて、二人で振り返ると小野先生がいた。あまりにも綺麗な顔立ちをしているから、入学してすぐに名前と顔を覚えたことが印象的である。そしてそれはわたしだけではなかったようで、クラスの人たちが小野先生のことで盛り上がることは度々あった。「おはよう」。にこりと微笑んだ彼女の顔にシミやシワといったものはなくて、お母さんが鏡に向かって一生懸命化粧品を塗っていることをふと思い出した。「おはようございます」。二人声を揃えて挨拶をする。名前呼ばれたの巧だけだったけど、もしかしてわたしは挨拶しなくてもよかったのかな。いや、挨拶することは常識的に考えて当たり前だからよしとして、この状況は黙っておくのがよさそうだな。

「相変わらず仲良しさんね」
「はい、まあ」
「二人とも、付き合ってるように見えちゃったわ。好きな子とかに勘違いされない?」
「別にされませんよ」

巧が面倒臭そうにこちらに視線を送って来る。思わず苦笑いした。「あら、じゃあ原田君は好きな子いるの?」。本当に意外な様子で目を見開く先生。この人って本当巧のこと好きだよな。

「どうでもいいでしょ。教師って早く学校行かなくていいんですか」
「どうでもって、…あっ、そろそろ本当にまずいかも。二人とも遅刻しないようにね!」

パタパタと駆けていく後ろ姿を見送り、巧は大きくため息をついた。気に入られてる自覚があるのだろう。
確かにかわいい生徒がいると無意識でも贔屓したくなっちゃうかもしれない。巧はわたしから言わせてもらっても本当に魅力的で、顔はいいしクールだし野球ができる。小野先生の気持ちがわからないでもないけれど、こうもあからさまに贔屓されると最早呆れてしまう。「行こっか」。





「俺はお前が好きだよ」

体の動きが止まった。すぐにハッとして周りを見渡したけど、こちらを気にしているような生徒はいなかった。

「なんだよ」
「いや、あのね、巧、わたしたち兄妹だから」

だからこんなところでわたしを好きなんて言って誰かに聞かれたら、世間体まずくないですか。そういう思いで焦っていると、巧は煩わしそうに目を細めた。




「なんで俺ら、兄妹なんだろうな」


胸がぎゅっと締め付けられる。なんて返したらいいかわからなくなって、学校に向かって歩き出した。少し泣きそうになった。


//虎狼の心

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