野球部が活動停止になったのだと巧が言った。それ以上何も言わなかったけれど、イラついたような様子を見せないところ特にそんな支障はないらしい。そういえば部活中に、野球部は練習止めて早く帰れ、といった放送が流れていた気がする。友達の名前ちゃんも野球部の三年が問題を起こしたと言っていた。


「青波の試合、見に行かないか?」
「青波の?」
「豪と一緒だから、デートではないけど」
「ふふ、いいよ」


薄く笑った巧の手を取り部屋を出る。太陽が眩しいから日焼け止めを塗りたかったのだけれど、そんな時間さえも巧は与えてくれなかった。誘うならもっと早くに誘ってほしかったなあ。
階段を下り居間を横目に早足で玄関へ向かう。小さめのいってきますに対する応答はない。あったとしても、木の影でこっそりキスをしたわたしたちには届かなかっただろう。


「おう、名前も来たんか」
「ごめん豪ちゃん、邪魔だった?」
「んなわけあるか!大歓迎じゃ」


にかっ、と笑う豪ちゃんはこの夏でけっこう焼けたと思う。ますます男らしくなったなと隣にいる自分の兄と見比べて思った。なんだよ、そう言いたげな瞳がわたしに向けられる。それに気付かぬ振りをしてさっさと豪ちゃんについて行った。








試合は青波の捕ったライトフライ、三振でゲームセット。新田スターズが勝った。喜びを露わにする豪ちゃんの横で巧が不満そうな表情を浮かべる。それもそのはず、野球部が活動停止になって早四ヶ月。大好きな野球をしたくてもできない上に目の前で他人がやっているのを見たら、そりゃああの巧だもの、機嫌も悪くなるはずだ。
「兄ちゃん。姉ちゃん!」。不意に聞き覚えのある声が聞こえ、ぎゅうとわたしの腰にふわふわの黒い頭がくっついた。無意識に頬が緩む。


「青波、お疲れ」
「おい青波、離れろ」


えへへと笑う青波は巧に腕を引っ張られると今度は巧の首に抱き着いてぶら下がった。甘えん坊、かわいい。微笑ましい兄弟の風景に豪ちゃんと笑い合う。


そして思うことは、この二人とは何の血の繋がりもないこと。


わたしの母はわたしを産んでそのままぽっくり死んでしまったらしい。父はいなくて、そこら辺はまた大人の事情というやつだ。優しい井岡さん夫婦が娘、つまり真紀子さんに養子として迎えてみないかと言ってわたしは巧と双子ということになった。誕生日も、本当は巧と一緒というわけではないらしい。だからわたしは自分の生まれた日を知らない。


「帰るぞ、名前」
「うん」


巧と血の繋がりのないことは嬉しかった。何も気にせず愛し合えると。ただ、血の繋がりがないからこそ、もし巧に拒まれる時が来てしまったら。
その時わたしは本当に一人になるのだろう。








「名前、どこ行くんだよ」
「部屋」
「…果物出してたぞ」
「いいよ、お腹減ってないし」



不思議そうな顔をする巧に笑いかけて、二階の自室へと向かう。朝冷蔵庫を見た時にブドウがあったから、きっとそれのことだろう。外は暑かったしできれば果物でも食べてサッパリしたいのだけれど、あの人、…お母さんがいるから。
“あれ”以来なんとなく気まずくて食事以外居間にいることができない。食事中も、わたし以外はみんな血が繋がっているのかと思うと居心地が悪くて仕方がない。そして、お母さんが知っているならお父さんもおじいちゃんもわたしがこの家の人間でないことを知っているのだろう。わたしがもうそれを聞いてしまったことも知っているのだろう。それでも態度に出ていないところを見るとやはり大人なのだなと思う。お母さんも、周りにバレない程度になら誤魔化せている。戸惑いがちなのは事情を知る者から見れば一目瞭然。


そして、あからさまに避けているわたしはまだまだ子供だ。


「名前、入っていいか?」
「、うん」


ノックのあとに断りを入れて現れたのはブドウを片手にしたおじいちゃんだった。「種なしだから食いやすいぞ」、にかりと笑ったおじいちゃんを見たら急に空腹感を覚えた。(本当は小腹が空いていたらしい)








「真紀子からは聞いたんじゃろ?」
「…あー、養子のこと?それってマジなの?」


さすがに言い辛いらしく、おじいちゃんは困ったように笑った。わたしも自然と苦笑い。「…おじいちゃん」「ん?」


「別に、わたし困ってないよ、養子でも」
「ウム」
「まあさすがにショックだったけど。でも、だからって家から出てけってわけじゃないんでしょ?」
「当たり前じゃ、名前は原田の家の子だからな」
「言っちゃうけど、お母さん、わかりやすすぎ。なんであんなビビってんの?普通逆じゃない?」
「真紀子は真紀子で悩んどるようだから、そっとしとこう」
「かわいいね、お母さん。真紀子さんって呼んだ方いいのかな?」
「それはあっちがショック受けるじゃろう」


ふふふと二人で笑い合う。この優しいおじいちゃんもわたしとは何の血の繋がりもない。けれど血ではない何か別のもので繋がってる、…だなんて、クサイことわたしには似合わないのだけれど。
なんだか少しスッキリした。このブドウもきっとお母さんがおじいちゃんに頼んだのだろう。前ならわたしの部屋に持って来てくれたりしたから。そういえば、お母さんと話をしていないなあ。


「巧にも青波にも秘密だね」
「我慢してないか?」
「平気。秘密にしてるだけだから」


巧にこのことを言ったら、喜んでくれるかな。それとも悲しむのかな。


//蓮の華にまぎれて

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