理事長と話すのは入学式から数えて二回目だった。あの時と同じ服装なので、きっとこれしか持っていないんだと思う。
理事長は鍵をさっと取り出してそこら辺にあった適当な扉をギィと開ける。知らない部屋だった。けれどシンプルな作りだから、彼の私室ではないのだろう。きっと理事長の部屋はもっと豪華に違いない。「どうぞ腰掛けてください」。ウィンク付きでそう言われる。曖昧に会釈して二つある内の手前のソファに腰掛けると理事長は奥にあるソファに座った。何の話かな。


「さて、苗字さん。試験は如何だったかな?」
「え、…、特に、わたし何もしてないので」
「怪我は?」
「この通りピンピンしてます」


おかげで勝呂君に嫌味を言われました、と心の内で呟く。「それは何より」。にっこり笑う理事長。「というよりも、それは想定内と言った方がよいでしょう」。わたしが誰よりも一足早く逃げることを知っていたとでも言うのだろうか。どういう意味かと目で訴えると理事長は更に笑みを深めた。


「苗字さん、囀石は重かったですか?」
「囀石、あ、あの石…」
「はい」
「いえ、まだ重くなる前に、停電になったので」


「やはり」


ついに理事長はくっくと笑い出した。前々から思っていたけれど、理事長は変だ。まずあの格好もそうだがまるで奇術師を連想させる話し方やその雰囲気、日本人離れした風貌だからなおさらである。「何がやっぱりなんですか」。室内に二人だけだからわたしの問いは聞こえているはずなのに理事長はどこか上の空でぶつぶつと呟いている。この人ドラッグでもやっているんじゃないのか、大丈夫なのかこの学校。悪魔とかいるし。
理事長が一人の世界に入ってしまったので、わたしは手持無沙汰になってしまった。何気なく自分の手の平や甲を見つめてみたり壁を見つめてみたりする。理事長がわたしの名前を呼んだ時、わたしはちょうど壁の色は白なのかクリーム色なのか悩んでいた。


「囀石が重くないのも屍番犬の体液がかからなかったのも、蝦蟇があなたに襲いかかるのをやめたのも、全部あなたの体質ですよ」
「…は、」
「まだあなた自体が弱いのですべての悪魔に効果があるわけではありませんが、まあ様子を見るとせいぜい下級から中級でしょう。それでも十分だ。これから強くなれば、上級にだって…」
「り、理事長、話がよくわからないんですけど」


困惑するわたしに理事長は先程よりも冷静になった顔で言い放った。


「詳しくは、奥村先生にでも聞いてください」






素直なわたしはすぐに奥村先生を捕まえて聞いたすべてのことを話した。その時わたしに対する悪魔の様子も話した。そして最後に、体質ってどういう意味ですか、と聞いた。先生は一瞬目を伏せて、周りに人がいないことを確認してから口を開いた。


「以前僕が、いつかあなたのためになる時が来ると言ったのは覚えていますか」
「はい」
「…あなたは、悪魔を従えることができる能力を持っています」


その言葉を聞いて最初に思ったことは、そんなオプションがわたしみたいなやる気のない人間についてていいのだろうかだった。






奥村先生が言った通りの力をわたしが持っているらしい。だから悪魔はわたしに逆らえないらしい。そしてそれを知った両親がわたしをこの塾に通わせるためにこの学園に入学させたらしい。変なこと考えるモノにわたしが襲われそうになっても殺されないよう強くなってほしいらしい。
何故全部語尾に“らしい”がつくのかというと、この事実がわたしにとってどうも他人事にしか思えないからだ。
そしてもちろん、わたしは候補生認定試験に合格である。


「ありえへん!なんで何もしとらんお前が合格なんや!」


わたしも何も知らなかったらきっとそう思っていたと思う。けれど今はわたしが合格してしまう理由をわたし自身が知っているからあまり不思議には思えなかった。心なしか勝呂君以外の人の視線も冷たい。そんな人たちと視線を合わせられるわけがなくて、自分の爪先を見つめる。「何か言わんかコラ…!」。なんで勝呂君はこんなにわたしにつっかかってくるんだろう、きっと真面目なんだろうな。「俺は女やからって手加減しないで」。その声にはっと顔を上げると、無視するわたしに耐えかねた勝呂君がすごい形相でこちらに向かって来ていた。


「こらこら、レディに手をあげてはいけませんよ」


すっと自然な動作で、わたしと勝呂君の間に理事長が割り込む。周りはわたしたちに注目していた。ふと動揺した奥村君と杜山さんが目に入り、何故か胸が苦しくなる。


「こんなやる気ない奴なんでここに置いとくんですか!」
「そんなことありませんよ、彼女はこれからきっと一生懸命勉強し皆さんと素敵な塾ライフを送るでしょう」
「んなわけないでしょう、あんな奴!」
「ですよね、苗字さん」
「………」
「苗字さん」


「…は、い」


声がかすれた。理事長、わたしそんなこと一言も言ってないですよ。わたしの意思に関係なくわたしはそうしなければならない運命だと、どこからか聞こえた気がした。どこからわたしの歯車は狂ってしまったのだろう。本当なら公立の高校に行って、友達と笑い合って、勉強をそれとなくこなしていただろうに。何故毎日意味のわからない知識を教えられて恐ろしいものに襲われて命を危険に晒して、毎日罵られなければならないのだろう。「帰りたい」、そっと呟くと、理事長が笑った。無理だと言われた気がした。もんじゃになんて行く気分ではなかった。
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