結局あの喧嘩の後奥村先生はわたしたちに罰を与えた。勝呂君と神木さんの喧嘩は連帯責任だと言って、持っているとどんどん重くなる石を膝の上に乗せて正座させられた。山田君と宝君はやはり謎だけれど、みんなは呻き声をあげている。奥村先生は満面の笑みで任務で三時間ほどいないから仲良く待っているよう言い残し部屋をあとにした。
先生がいなくなり再び始まる神木さんたちの言い争い。いい加減疲れないのだろうかと呆れてしまう。間に挟まれている奥村君に同情しながらもこれから来るであろう石の重みに心が沈んでいると、山田君がわたしの肩を叩いた。


「重くないのか?」
「え、うん」


驚いた。初めて声を聞いたかもしれない。そういえばみんな重そうな顔をしているけれど、正直わたしはあまり重いと感じなかった。そして部屋が突然暗くなったのは、わたしがこの石に疑問を持ってすぐのことだった。
電気が消えたことにびっくりしたけれどわたしは意外と冷静で、もしかしたら山田君に話しかけられた時の方が驚いたかもしれない。混乱して動き出した人たちは互いの姿が見えないためにぶつかったりしていて、わたしはそっと囀石を床に置いた。すぐにぱっと志摩君の顔が照らされ少し明るくなる。そうか、携帯電話で照らせばいいのか。わたしもポケットから出そうとしたが、次々とみんなが出し始めたのでいらないかと黙って足をくずした。


「廊下出てみよ」


停電の理由を探るべく廊下に出ようとした志摩君は怖くないのだろうか。しかしそんな呑気な考えも一瞬で打ち砕かれた。間をおいて一斉にみんなが悲鳴を上げる、扉を開けると昨日のお風呂場に現れたような悪魔がいたのだ。いや、昨日の悪魔は逃げていたからきっとそいつなのだろう。
あまりの恐怖に一人先に部屋の奥まで逃げてしまう。わたしはどうやら逃げ足だけは速い奴だったらしい。杜山さんが持っていた小さなかわいらしい悪魔が部屋中に太い幹を伸ばし、とりあえずは安全確保することができた。


「大丈夫?」


わたしは逃げ足が速かったおかげで大丈夫だったけれど、みんなは悪魔の体の一部がはじけて体液がかかってしまったらしい。奥村君は相変わらず元気だったけれど、咳き込み始めるみんなに何故か罪悪感を覚え近くにいた志摩君に声をかけてみた。


「名前ちゃんは大丈夫か?」
「わたしは、逃げたから」
「よかったわー、女の子が苦しんでんのは見たくないからなあ」


そう言ってにこりと笑う志摩君に、心が苦しくなった。






あの後、奥村君は悪魔を引きつけると言って部屋を出て行ってしまった。おかげで一匹だけになり、勝呂君と三輪君が何か呪文を唱え、志摩君と神木さんの援護もあり無事その悪魔を倒すことに成功した。もちろんわたしは何もしていない。そしてこれは候補生認定試験だったそうだ。もちろんわたしは、何もしていない。ちらりと横を見ると、宝君はぼーっと、山田君はゲームをしていた。

この合宿が抜き打ち試験であったことに憤慨する奥村君に続き、三輪君や神木さんが自分は駄目だったと言った。そんなことないのにな、という思いを勝呂君はわたしのかわりに言葉に表した。ただその後、ギロリとこちらに視線が向けられる。そのことで無意識にそちらを見ていたことに気が付き急いで視線をそらした。


「あいつらなんか完全に外野決めこんどったんやぞ。なんか言うことないんかお前ら、え!?」


グサグサとすべての言葉が心に突き刺さる。それに反して山田君は相変わらずゲーム、宝君は見事な腹話術で暴言を吐いていた。
きっと彼らはわたしと違ってしっかり祓魔師についていろいろな知識を持っているに違いない。だって悪魔が出て来た時いつも怯えるわたしと違い冷静だったから。それをこの塾の先生たちはわからないわけがないし、わたしは完全に不合格だろう。


「自分だけ助かった奴もいるみたいやしな」


それはわたしに向けられたものだと瞬時にわかった。「ちょ、坊…」。みんなと違い、わたしは点滴を受けていない。受ける必要がない。何故なら、一人だけ逃げたから。


「“天性の才能”やらがあるくせに、ホンマムカつく奴やわ」


勝呂君の話を聞いているうちに胸が苦しくなってきた。鼻がツンとして、自業自得なのに泣こうとしている自分が更に惨めだった。どうしてわたしはここにいるのだろう。早く家に帰りたいな。その一心だった。
どうせこの認定試験にも落ちているだろうし、早く荷物を片付けておこう。そう考え席を立つが、これはただこの場から逃げたいだけだということは十分自覚していたつもりである。廊下に出た途端言うことの聞かない涙がボロボロと溢れ、誰もいないことをいいことにそれを拭いもせず駆け足で荷物を置いている部屋へ向かった。


「おや、こんないたいけな少女を泣かせるのはどこの誰ですかねえ」


誰もいないと、思ったのにな。
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