わたしたち塾生はまだ訓練生といういわゆる下っ端の下っ端らしく、まず候補生にならなければ話は始まらないとのこと。ここにいるみんなのように祓魔師を目指しているわけではなく、ちょっとした手違いでここにいるわたしは候補生になる気などサラサラなかった。
机の上に置かれた一枚の紙と向き合う。そこには候補生になるための勉強合宿の参加・不参加の意思と、希望している称号が問われている。正直な話、こんな塾の合宿に参加するくらいならば自室で学校の勉強をしたい。称号においてはなんじゃそりゃ、の一言。わからないことは先生に聞くべきだろうが、一から十まで聞くのも前にあったように都合が悪い。それに聞いたところでわたしの役に立つ知識ではなく興味も涌かない。早く両親と連絡を取って塾のことを問いただせねば、と向かい合った紙にペンを走らせた。






ネイガウス先生の第一印象は素敵おじ様だった。あんなかっこいい人が自分の父親だったらな、と授業に集中せずに考えてみる。しかし腐っても彼はこの塾の先生であり祓魔師であり、魔法円を消さないよう言った後に悪魔を召喚した。あまりにもグロテスクだったので反射的に目をそらす、勝呂君曰く屍番犬というらしい。
先生の指示でみんなが試しに悪魔を召喚しようとする。神木さんは手慣れた様子で狐を二匹、彼女がとてもかっこよくて思わず見惚れてしまった。次に杜山さんが照れたように何かを言えばかわいらしい悪魔が召喚された。どうやら彼女達には“天性の才能”というやつがあるらしい。ぼーっと、一人一人に声をかける先生を見ていれば目が合った。


「苗字、お前だけだ」


やってないのは、ということだろう。恐る恐る指に針を刺し血を流して、出てくるわけもないし出す気もないので心の中で小さく悪魔さんと呼んだ。その瞬間一度嗅いだあの強烈な臭いが蘇る。
周りが唖然とするのを空気で実感した。わたしと同じ程の目線の高さでこちらを向いているのは先程先生が召喚したモノと似ていて、無意識に紙を破るとそいつはすぐに消えてしまった。一瞬間が開いてから先生のよくやったという声が聞こえる、どうやらわたしにも“天性の才能”というやつはあるらしい。






「苗字さん」


奥村先生が、例の困った笑みを浮かべてわたしの名前を呼んだ。紙を提出し終えているからそのことについてだろう、授業が終わりさっさと帰って行く子たちとすれ違いながら少し憂鬱になった。志摩君とちょうどすれ違い別れの挨拶をして、奥村君と話している奥村先生を待つ。「だから、兄さんは先に戻ってて」「おう」。彼らは同室なのかもしれないと奥村君と別れの挨拶をしながら思った。


「合宿と称号についてなのですが、考え直してみませんか?」


そう言ってファイルから一枚の紙を出す、わたしが提出した紙だった。不参加に丸がつけられ、称号のところは空欄である。「称号がよくわからないのであれば教えますし、合宿もあなたのためになると思いますよ」。優しくかけられた声に言葉が詰まる。それでも彼はわたしの返事を待っていた、なんと言えばよいのだろう。


「…先生、怒らないでください」
「怒りませんよ」
「わたしは合宿に参加する以前に、塾の勉強についていけません」
「だからこそ参加してみては?」

「嫌なんですもう、学校の授業も難しいのに、悪魔とか称号とか、ほんとわけわかんなくて」


言ってしまってから失礼な発言だと気付いたが、始めから目はそらしてあったので罪悪感は幾分かマシだった。何も言わない先生が少し怖い。数秒経ってから息を吸う音が聞こえた。「ねえ苗字さん、」、思ったよりも柔らかなそれに安心して先生と目を合わせる。「いつかあなたのためになる時が来ます。僕を信じて、もう少し塾でがんばってみませんか?」。いつかっていつよ、そんな不確かなこと信じられるわけがない。
けれどここで先生を拒否するほどわたしも薄情な女ではなく、いわばその場の雰囲気に流されて頷いてしまったのだった。






称号のことは合宿中に話し合おうとのことで、わたしは教室を後にした。予想だにしなかった合宿の参加に胸が高鳴り少し苦しい、わたしはみんなについていけるだろうか?今更ながらに後悔、もっとよく考えるべきだった。「おい」、突然聞こえた声に驚駭、そこには勝呂君がいた。


「勝呂君、」
「単刀直入に言わせてもらうけど、お前やる気ないんだったら死ぬ前にやめた方ええで」

こんなことになるのはなんとなくわかっていた、わたしの不真面目さが目に余り奥村君のように言われることは。けれど奥村君はこの間の体育の時間にいいところを見せていたから残りはわたしだけなのだろう。山田君と宝君は、よく、わからないけれど。「聞こえてたんや、さっきの話。先生に聞きたいことあって引き返したらなあ」。忌々しいとでもいうような口振りにさすがに腹が立つ。それでもここで何かアクションを起こしてしまったらそれこそ終わりだ、自慢じゃないが面倒事は大嫌い。しかも自分が嫌われているとなると更に性質が悪かった。


「俺はお前みたいな奴嫌いや。そんな軽い気持ちでやってける程祓魔師は甘ないで」
「…ごめん」
「っ…、謝ればいいっちゅー話やないわ…!」


今にも掴みかかりそうな勢いの彼に内心かなりびくついているが、如何せん実はなかなかのポーカーフェイスであるため、彼からしてみればわたしは無表情でどうでも良さげとかそんな感じだろう。小さくため息をついたことすら彼にとっては嫌な刺激ではないはず。何も言わなくなったので逃げるように立ち去れば、遠くから大きな舌打ちが聞こえた。
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