以前スネイプに言われた、“指をくわえて物事が過ぎ去るのを待っていろ”という言葉を最近よく思い出す。本当にその通りなのだなと痛感しているのだ。7年になって初めて現在の魔法界の異常さ、名前を言ってはいけない…今はもう言ってもいいのかな、ヴォルデモートの恐ろしさとかを、ようやく理解をした。
多分今までも確実に変化は起こっていたのだろう。顔色の悪くなっていくドラコ、なんだか知らないがいつも事件を起こして話題の人物になるハリー、変わっていく魔法省の人たち。今思えば心当たりはいくつもある。ただわたしが無関心を突き通していただけだ。
だからドラコには見放されたのだ。わたしは無関係だから。
しかしありがたいことにホグワーツがこんな大変なことになってしまったら、関わらざるを得ないのである。こんなに毎日間接的ではあるがヴォルデモートから意地悪されていたら無関係ではいられない。わたしには自分と大切な人を守るため、知る権利も戦う権利もある。

「こんにちは校長先生」

振り返ったスネイプにニコリと笑いかけたらウザそうな顔をされた。隣に立っていたカロー兄はニヤニヤと笑うし、カロー妹は…めちゃくちゃ怖い顔でこちらを睨みつけてきている。こうやってみんなの顔を見比べてみるとスネイプは呆れ顔に近いかもしれないな。それはちょっと楽観的過ぎるか。

「俺には挨拶なしか?ミョウジ」
「…こんにちは」
「田舎のメス猿が何の用かしら」

うわ、この、男の隣でめちゃくちゃ煽ってくる女の図…既視感が…、…あっ、パーキンソンか!懐かしいー!昔を思い出して少し感動してしまった。

「スネイプ先生に用事があります」
「…アンタの態度、自分の立場をわきまえていないようね。日頃の指導が足りないんじゃない?」
「それじゃあ今から特別授業でもするか?」
「うーん、いつもので十分ですね」

カロー兄がこちらにやって来てわたしの肩に腕を回す。顔が近いな、と背けると、ガッと顔を掴まれ強制的に向けさせられた。歪められた気持ち悪い顔がこちらを見下ろしている。

「生意気だな。やはり今から指導してやるか」
「避けろカロー」

不快感に耐えきれず杖に手を伸ばしかけた時、ねっとりとした耳馴染みのある声が聞こえた。次の瞬間、鳩尾に衝撃と気付いたら地面に背中を打ちつけていた。

「ゴホッ、ゴホッ、」
「っ危ねーだろスネイプ!俺まで巻き込まれるところだった!」
「それは失礼した」

ザリ、ザリ、と近づいて来た黒い足を見上げると、スネイプがこちらに杖を向けている。何の感情も読めない顔にヒヤリとした。

「一言でも間違えれば貴様の命など一瞬なのだが…そのことをまだ理解していないようだな」

そのままわたしを通り過ぎたかと思いきや、突然襟足が引っ張られた。これは、スネイプか!苦しい!首が絞められている!慌てて襟と首の隙間に指を入れてなんとかゆとりを保つ。うぅ、引き摺られてお尻も痛い。グエグエとカエルのような声を出しながら歩くスネイプの方へ引き摺られていく無様な私を、カロー妹がニヤニヤしながら見ているのが視界に入った。はぁ、やっぱりこの人たちは兄妹だな。そっくりだ。その横でカロー兄が顔を真っ赤にさせ吠えている。

「どこへ連れていく!俺にやらせろ!」
「貴様はまた使えるなどと言って甘やかしそうだからな。私が直々に手を下す」
「なんだと?!偉そうにしてんじゃねーぞ!」
「ここでは校長なものでな。ところで、あのお方に頼まれたこともあるのでは?」
「…っ、」

何を頼まれたのかは知らないが、「…クソ!」と負け犬のような声を出してカロー兄が立ち去って行く。それを妹が追いかけて行き、スネイプは角を曲がってしまったためそこで二人のことは見えなくなった。

引き摺られたお尻の感覚がなくなりかけた頃、パッと首元が解放された。地面に這いつくばって大きく深呼吸をする。ようやくスネイプ校長先生が直々に手を下す部屋まで辿り着いたようだ。

「うー、お尻が痛い…!」
「さっさと入れ」
「…はい」

私の首やお尻を気にかける様子はまったくない。相変わらず冷たい人だ。まあ突然優しくされても戸惑うだけなのだが。それに、むしろスネイプには感謝しなければならないのである。
開けられたのは見覚えのある研究室。バタン、と扉が確実に閉まって、誰もいないことを確認してからスネイプはこちらを向いて口を開いた。

「余程生き急いでいるとしか思えん」
「すみません、こうでもしないと先生と二人きりになれないと思って」

あのままカロー兄妹と話していたら二人からの拷問コースだったかもしれない。それを自分が行うということにしてスネイプはあの場からわたしを連れ出してくれたのだ。恐らくではあるが。私も急いでいるからと言って後先考えていなかったところは反省しなければならない。

「…貴様の頭はこの世のどんなパイよりも甘く出来上がっているのだろう。特別な脳みそを授けた両親に感謝した方がいい。さて、危機感を知らないとはどんな思考回路なのか、かっ開いてその構造を今後の研究に生かすとしよう」
「あの二人がいるのに声をかけたのは謝ります!すみません!ごめんなさい!すみませんすみません杖向けないで!怖い!」

思ったよりもめちゃくちゃ怒っているようだ。カツカツカツとものすごい勢いで歩み寄って来たスネイプの勢い、顎に食い込んでる杖の冷たさに恐怖を感じいつかの時と同じような降参ポーズを取る。私の意図を汲み取って二人きりになったわけではないのだろうか。本当に拷問される…?

「ほう、恐怖は感じられるようだな」
「…危機感を覚えたからあなたに会いに来たんです」

ピク、とスネイプの眉が動く。

「確かに今までは本当に危機感を知らなかったと思います。遅すぎるけれど…ようやく理解しました。だから聞きに来たんです」
「…一から説明してやるとでも?」
「いえ、きっとそれはもう聞いても仕方がないことだとわかっています。私はただ、ドラコのことを聞きに来ました」
「…」
「ドラコのことを知っていたら教えてほしい。なんでもいいんです。彼が無事に生きられるのならば」

どんな世界になるのか、なってしまうのか、私やドラコの力なんかじゃその世界の変化を止めるなんてこときっとできない。だから、流され行き着いた先で彼が幸せならば私はそれでいい。そうではないのなら、彼の幸せを手に入れるため戦うつもりだ。

「…貴様は何故それを我輩に聞く?このまま殺されると考えなかったか?」

杖はまだ下ろされない。スネイプの目も真っ黒で何も読めない。一言間違えれば殺される、と思ってしまうような冷たさをしている。

「…先生は優しい。無知でどうしようもない私を助けてくれました。だからつい甘えてしまいました。先生は私を殺さないと思っています。でも殺されるとしても、それは仕方がないことです。私はその事実を受け入れます。教えてくれる期待はしているけれど、殺さない期待はしていません」
「殺されても構わないと?」
「はい、だから先生も自分を責めないで下さい。私は先生にも無事で生きてほしい。幸せになってほしいんです」

わたしの言葉を聞いたスネイプは微かに目を見開き、小さく息を呑んだ。普段ならば絶対に気付かないそれは、こうして目の前で対峙しているからこそわかってしまったのだろう。
「…戯言を」 彼はそう言って杖を仕舞い込み、わたしに背を向けた。やはり殺さないでくれるようだ。

「…近々ポッターがホグワーツ内に来るだろう。もう来ているかもしれない」
「!」
「皆…恐らくドラコも…ホグワーツに現れるだろう」
「…ありがとうございます、先生」

やっぱりあなたは優しい。なんだかんだ言って生徒を望む方向へと導いてくれる。例えすべての魔法使いがあなたを敵だと言っても、わたしには到底信じられないし、そうだとしてもわたしはこの人の幸せを願っていたい。
ここでハリーの名前が出て来るということは、彼はやはり何か大きな意味を持つ人物なのだろう。そしてスネイプの言う皆とは…ヴォルデモートを倒したい魔法使いたちや、ヴォルデモートを含む死喰い人たちのことだろう。わたしはどっち側として見られるのだろうか。学校の雰囲気を見ればスリザリンはヴォルデモート側だろうけれど、わたし個人とすればどちら側でもないつもりだ。強いて言えばドラコ側?そうするとやはりヴォルデモート側になるのだろうか。杖を持って戦いの場に出ればハリーたちに倒されるのかな。そもそも死喰い人もわたしのこと普通に殺しそう…。

「(…全員敵か。大変だな)」
「用は済んだだろう」
「あ、はい。ところで、わたしの体に傷1つくらいつけておいた方がいいんじゃ?」
「……変わった趣味に付き合う暇はない」
「失礼な!!わたしも痛いのは嫌ですよ!!先生の立場を心配したのに!!」
「貴様の心配なぞいらん」





部屋を出る前に、真っ黒な背中に声をかける。

「必ずまた会いましょうね」

返事はなかった。その反応に、すべてが終わっても絶対ここでまた会ってやろうと心に決めて扉を閉めた。


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