ドラコに自分の思いを伝えることはできたものの、やはり実際に傍にいることは難しいことだったようだ。マダムポンフリーのところへ連れて行き「治療をするから」と彼女に追い出されたあと、ドラコを捕まえることはできなかったのだ。しかし、ふと見かけた時に一方通行でなくなったことは大きな進歩だと思う。
その一方でハリーとは一切関わることはなくなった。比例してハーマイオニーやロン、とにかくグリフィンドールの子と(もともとそんなにしていないが)会話することはなくなった。
ハリーがドラコを傷つけたことは噂になっていたし、とくにわたしとドラコの仲を知っていたリズなんかは「仕返しなんてダサいからやめておきなさい」だなんて釘を刺して来た。誰もするなんて言っていない。

「今日の夕食もおいしかったな」
「あなたもしかして、夕食のパイに夢中で参考書忘れて来てない?」

リズに言われてはっと自分の手元を見る。確かに、大広間に行く前に図書館で借りた参考書は持っていない。寮に着いてから気付くなんて。

「あー、面倒だけど取って来た方がいいよね。」
「まだあるといいわね。」

この場合大広間が片付けられていたら屋敷しもべたちが持っているのかな。リズと別れて寮へ入るところをUターンして、来た道を戻る。
すれ違う子と挨拶しながら人の流れに逆らっていると、今は人間関係が本当に落ち着いたなと感じた。初めは無視されたり意地の悪いことをされたり。ドラコに喧嘩をふっかけたつもりはないけれど結果そうなった時、この先どうなるんだろうって本当に不安だった。まあ、マルフォイお坊ちゃんのせいというか、おかげというか。

角を曲がると、ぬっと黒い影が現れギャアアと悲鳴をあげた。

「…探し物はこちらかな、ミスミョウジ。」

その黒い影は悲鳴を上げたことに対してしっかり顔を顰めたあと、ローブから私の探し求めていた参考書に似ているものを出した。おそらくそれだ。

「し、失礼しました、…スネイプ先生。ちょうど参考書を大広間に取りに戻っていたんですが、先生が持って来てくれたんですか…?」

だって薄暗い廊下で、気配もなく曲がり角に影が現れたら誰だって驚くに違いない。未だにドキドキしている胸を思わず構えた手でおさえていると、明らかに不機嫌そうなスネイプはフンと鼻を鳴らし背を向けた。(ものすごく綺麗にローブを翻した。)
え、参考書、わたしのだよね…?返してくれないの?悲鳴あげたから?怒った?心狭すぎだろ…。ぽかんとしていると、数歩歩いたスネイプは振り向いた。

「ついて来たまえ。」





忘れ物をしただけで何故こうなってしまったかはわからないが、スネイプの研究室は相変わらず薬品臭い。彼は部屋に入ると、奥のテーブルに私の参考書を投げた。
そして構えるようにソファに座り、私も目の前のソファに座るよう目で促される。まさかスネイプがただお茶会をするためだけに私を呼び出すわけがない。かと言って忘れ物をしたくらいで説教をするはずもない。

「貴様が見たポッターの呪文は」

そして相変わらず前置きがない。

「見覚えがあるだろう?」
「…はい、先生」

返事を聞くやいなや、スネイプが立ち上がり私の喉に向かって杖を向けて来る。反射的に避けようとするも、ソファに座っているため背もたれに寄りかかるだけの無様な格好だ。取り繕うように笑いながら降参ポーズをする。
その通りだった。ハリーが先日ドラコに向かった叫んだあの呪文は、私もスネイプに教えてもらっていたものだった。

「貴様が奴に教えたのか」
「まさか!先生に教えてもらったことを他人に話したことは一切ありません」

突然の行動に嫌な意味でドキドキしながら、ブンブン顔と手を振って否定する。スネイプに教えてもらったことを誰かに話したことはなかった。(わたしの両親はスネイプの許可があり練習を見ていたが。) 覚えることに精一杯で、教える余裕なんてないとも言える。呪文を言葉にしただけで使えるのならばこの世は優秀な魔法使いで溢れてるのだ。
何が気に喰わないのか、質問をしてきた彼の眉間の皺は杖を挟めそうなほど深い。聞いたところで素直に答えてくれるような性格でもないだろう。なるほど、このような時に触らぬナントカに祟りなし、と言うのか。推測するに、知っているはずのない呪文をハリーが知っていた、というそれだけの話なのだろうけれど。
私の返事を聞いたあと、しばらくして杖は仕舞われた。開心術を使うほどでもなかったようだ。

「いくら素晴らしい魔法が使えたとしても、使う者が愚かであればそれは身を滅ぼすだけだ」

突然の言葉に、いまいちピンと来ない。

「何故我輩に呪文を教わったのか。何故強くなろうとするのか。ポッターのように相手を傷付け自身を守るのか。
貴様は今、簡単に人を傷付けられる」

倒れた、血だらけのドラコを思い出した。
私もあのようにする呪文を知っている。

「自分を守ることの意味をよく考えることだな。…教えてやったことを無駄にしたその時は、」
「薬の実験台、ですか」
「左様。理解が早くて助かる」

わかったらさっさと出て行けと、参考書と共に部屋を追い出された。
突然部屋に呼びつけ何を言うのかと思えば、随分奥の深そうなお言葉を頂戴してしまったなあ。喉に杖を突きつけられたことも、インパクトが強すぎて夢に出てきそうだ。

生徒にすら素直にアドバイスをできない彼は、自分を守ることができているのだろうか。





今度こそ曲がり角で誰にもぶつからないよう気をつけて歩く。思ったより時間が経っていたようで、ひんやり冷たい廊下に人影はない。
帰ったらすぐにシャワーを浴びよう。冷えた体もお湯をかぶれば多少は暖まるかもしれない。本音を言えばお風呂に入りたいが、大浴場なんてものホグワーツにはないし。監督生になればお風呂に入れるんだっけか。いいなあ。ドラコにお願いしたら貸してくれないかな。そもそも話しかけたところで無視されるか。

「おい」
「ワアアアア」

前ばかりに気を取られ、突然後ろから声をかけられたせいでビクッと悲鳴をあげてしまった。反射的に振り返った先には不機嫌そうな、…ドラコだ。
え、ドラコ?

「うそ…」
「何がだ?」
「い、いやなんでも、」

なくは、ない。
ドキドキしている胸で参考書をぎゅっと抱きかかえる。突然人が現れたことにドキドキするのは本日二度目だ。が、今は、別の意味でもドキドキしている。
まさか無視されるだろうと思っていた人に話しかけられるなんて。

「何故こんなところにいる?」
「なぜって、スネイプの部屋にいたの」
「…何をやらかしたんだ」
「何もしてない!」

罰則か何かで呼び出されたとでも思ったのだろうか。吠えるように答えるとフッと笑われる。緊張して焦っているのは自分だけだと気付き、なんだか格好悪くて居心地が悪い。「…私が忘れ物したのを、預かってくれていたのよ」。参考書をプラプラと目の前で振れば、興味を示したのか手を伸ばしてきたので素直に本を渡した。

「…『無言の杖』?」
「あー、無言呪文がね、苦手で。今いろいろ読み漁ってる」

これは無言呪文についての参考書だった。無言呪文になるとどうしても効力が弱まったり、難しい呪文になるともはや何も起こらなかったり。
守護霊の呪文なんて無言呪文以前の問題だった。スネイプはザックリと教えてくれただけで、他の呪文ほど詳細には教えてくれなかった。簡単な概要と「幸せな記憶を」と言ったっきり、次の呪文に移ってしまったのだ。
ひとまずやってみても案の定まったく何も起こらない。幸せな記憶として、家族との時間や友達との時間、…ドラコとの時間を思い浮かべてみたが、一筋の煙しか出ない。あまりにもヒントが少ないのでスネイプにやってみてくれと頼んだが、何が嫌なのかやってくれなかったしやり方を教えてくれもしなかった。
そういえばドラコは、私がスネイプにレッスンを受けたことを知らないかもしれない。隠すことでもないだろうとそのことをドラコに教えると、嫌そうな顔をして案の定知らなかったと呟いた。

「今日もやっていたのか?」
「レッスン自体はこの間終わったよ。今日は本当に本預かってもらってただけ」

ハリーに何か教えたかと脅されたし有り難いお言葉も頂戴したが、本当にそれだけだった。前者に至っては当事者がいるのでこれらのことは言わなくていいだろう。

「…ふーん。そうか」
「ドラコこそこんなところで何してるの?」
「部屋に戻るところだ」
「こんな時間に一人でどこ行ってたのよ」
「…そ、れは」

「…風呂だ。監督生用の」。ふいっと目をそらしたドラコに思うところがあるものの、魅力的なワードが出てきたのでそれは頭の隅においやった。

「いいなー!お風呂!」
「そ、そうか?」
「うん!日本だと基本お風呂あるし…。うらやましいよ」

まさか会話できるとは思わなかった監督生さんとスムーズに会話ができている。こんなチャンスは滅多にない。
下心丸出しでチラリとドラコの顔を覗くと、私の考えにピンと来たのかあからさまに慌て始めて「待て、冗談だろ?」と両手を胸の前で私に向けた。

「別に一緒に入ろうって言ってるわけじゃないんだから」
「当たり前だろ!!」
「冗談だって。ただ貸してくれたりしないかなーって。寒いし」

廊下で立ち話をしていることで余計冷えてきた気がする。自分の体をぎゅっと抱きしめ腕をこする動作をすれば、上から「あー」だとか「うー」だとか唸る声が聞こえる。即座に断られる可能性もあったが、意外といけるかもしれない。
迷惑だけはかけたくなかったので「無理しないで」と伝えると、しばらくしてから小さく了承する言葉が聞こえた。

「ありがとうドラコ!」
「いいか、誰にも言うなよ。面倒ごとはごめんだ」
「わかってるって。着替えとってきていい?」
「…僕も一緒に戻る。出るのは別々だ。ここで落ち合おう」

まさかドラコにお風呂を貸してもらえるとは。なんてラッキーなんだ。
それ以上に、前のように話せたことや一緒に歩けること、二人だけの秘密を作れたことが何よりも嬉しい。
明日からはまた追いかけても逃げられるのかもしれないし、もしかしたら無視されるのかもしれない。この夜が永遠ならいいのにな、だなんて、らしくないことを思ってしまった。


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