辿り着いたのは下の階の男子トイレだった。ハリーにバレないよう着いて来たがそれも無事に終えたようで、男子トイレの中に入って行くハリーを見届けてほっと肩を撫で下ろす。しかしこんな人気のない男子トイレに来るなんて、ハリーはその、もしかして大きい方がしたかっただけ…?わたしの勘違い…?ドラコの謎の言動のヒントがあるかもだなんて、かっこいいこと考えておきながら結果はハリーの便事情を知ることになっただけだなんて、かっこ悪いにも程がある。そして少し都合も悪い。
こんな静かなところ音が聞こえたら恥ずかしいし早く引き返そう、今度こそ談話室に戻ろうと男子トイレに背を向けた時、かすかに声らしき音が聞こえた。これは…。

「(…もしかしてハリーのふんばってる声…)」

いけない、即刻立ち去ろう。声を聞いたことにより更に都合が悪くなり早く帰ろうとするが、こちらがいることもバレてはいけないため足音をたてないよう動きがゆっくりになる。早く帰りたい。
しかし、ふとあることに気付く。ハリーが個室に入った音がしていないのだ。というよりハリーの足音も全然聞こえなかった。あんなに急いでいたはずなのに、トイレに近付き入ることには音がしないくらい動きがゆっくりになっていた。そしてこれは本当にハリーのふんばってる声なのか疑問に感じた。
…のぞいてみよう。自分が今ら変な行動に出ることは理解していたため、改めて周りに人がいないことを確認する。だって、まるで彼も、わたしのようにコソコソしているみたいだった。
意を決して男子トイレに近付くと、聞こえていた声はよりクリアになった。…これは、すすり泣いている…?しかもハリーではない。聞き覚えのある、これは…。

理解した瞬間、心臓がドクンと大きく鳴ったのがわかる。
これは、ドラコだ。

やはりハリーについて来て正解だった。見失ったドラコの居場所を何故彼が把握していたのか定かではないが、対立している彼らがトイレの中で出くわしてこんな静かなわけがない。ましてやドラコは声を押し殺して泣いている。ハリーはドラコにバレないようドラコのあとを追ってここに来たのだ。

「困ってることを話してよ」

不意に誰かが話し始めた。女の人の声だ。「私が助けてあげる」。ドラコとハリーの他にもう一人いたのか。

「無理だ、誰にも助けられない」

悲痛な声で返事をしたのはドラコだった。…知らない女の人とここで密会していたのか…。いや、こんなこと気にしている場合ではないのだけれど…。
ドラコの悩み事は、密会している彼女も知らないし教えてもらえないようだ。彼女がどんな人物なのかわからないけれど、そう簡単に話せない程ドラコの悩み事は彼をここまで追い詰めているのだ。改めて理解し、胸が苦しくなる。

不意にガラスの割れるような大きな音が聞こえた。続け様に聞こえる破壊されていく音、叫ばれる呪文。
ハリーが隠れていたことがバレたんだ。

わたしも杖を構えて男子トイレに入ると、ちょうど二人は身を潜め合っている瞬間だった。わたしも攻撃されない内に二人の死角へと入り込む。レベルが高い二人のやり合いを止めることは叶わないだろうけれど、このまま見過ごすわけにもいかない。ここで逃げてしまえば、ドラコと話すきっかけもいよいよ皆無になるだろう。
突然目の前に人が現れ顔を覗き込まれた。驚きのあまり悲鳴すらあげられないでいると、再びドラコとハリーの交戦が始まる。ぐにゃりとしかめられた顔が浮いて行くのを見て、ふとあるゴーストを思い出した。

「…嘆きのマートル」
「アンタ物好きね」

普段彼女は三階の女子トイレにいると聞いていたのだが、何故この男子トイレにいたのだろう。もしかして、先程のドラコの話し相手はマートルか。

「死んじゃうわよ!」

心配してるようなセリフだが、顔はニヤニヤしていたのでマートルが何を考えているのかわからない。とりあえず彼女は放置でいいだろう。
戦いに目を向けると、ハリーの呪文がタンクに直撃し水が溢れ出した。彼は水に足をとられ転倒する。ここぞとばかりにドラコがハリーに向かって杖を向け口を開いた。これはさすがに勝負あったかな。





「セクタムセンブラ!」

響いたのは、ハリーの呪文だった。
目の前で血を噴き出しながら倒れていくのは、





「ドラコ!!!!」

水浸しのドラコは自身の血にも染まり顔も体も真っ赤だった。震えながら傷だらけの胸をむしるように抑えている。「ドラコ、大丈夫、今すぐ治すから、すぐに治るよ」。惨い傷口に杖を向けるが、手が震えて定まらない。「ああ、うう、」。苦しむ声が脳みそに刺さる感覚がする。滲む目元をぬぐい、両手で杖を握り直して傷口に杖を添えた。

「え、エピスキー、癒えよ、エピスキー、エピスキー」

焦点の定まらないドラコと目が合った気がした。生気のない目に動揺する。うまく呪文が使えない。こんな呪文失敗したことないのに。

「どけろ」

いつの間に現れたのか、スネイプがわたしの横に並んだ。普段の地を這うような声からは考えられない、歌うような呪文がみるみる内にドラコの傷を癒やしていく。顔も血色を取り戻し、うめく声も消え、異常に震えていた体も落ち着きを取り戻していった。

「…ハリー」
「ナマエ、ちがうんだ」
「黙って」

ハリーの手から杖が飛んで行った。詰め寄って喉元に杖を向けると、見開いた緑色の中に興奮し切った自分の顔が見えた。

「ドラコだって、僕を攻撃した!」
「確かにそうね。お互い殺そうとし合ってた。けれど簡単に触れてはならないところに先に土足で入ったのはそっち」
「君だってわかってるだろ!マルフォイが最近おかしいことくらい!」
「だからって、殺すの?」

目の前でひゅっと息を飲む音が聞こえた。意図的ではないと言いたげな顔だったけれど、そんなこと関係ない。

「わたしにはあなたのかざす正義を理解できない。ごめんね」
「…ナマエ」
「だから、いい?ハリー。またこんなことしたら次は、わたしがあなたを」





「その辺にしておくことだミスミョウジ。貴様はドラコを医務室に連れて行け」

振り向けば、スネイプが無理やりドラコを抱えながら立たせているところだった。「すぐにハナハッカを飲めば傷痕を残さずに済むかもしれん」。その言葉を聞き、ハリーに喧嘩を吹っ掛けている場合ではないと急いでドラコを自分の肩に移した。スネイプに頭を下げて医務室へと向かう。男子トイレにはスネイプとハリーだけが残るが(マートルも残ったかもしれない)、果たしてハリーは無事でいられるのだろうか。これは心配ではなく純粋な興味だ。





「…馬鹿だろお前」
「どこが?」
「全部」
「ドラコと話せたから、馬鹿でいいよ」

急に全体重がかけられギョッとする。さすがに力の抜けた男一人を支えられるほどの筋肉も体力もないのでずるずると二人で座り込んだ。「どうしたの?痛い?」。傷の具合を確かめようとすると、体が微動だにしないほどドラコの腕で固定された。返事がなく不安なものの、力を入れられるから一応大丈夫だろう。
ドラコの背中に手を回し撫でてあげると、鼻をすする音が聞こえた。この状況、前にもあったなあ。

「大丈夫?」
「…ああ」
「無理しないでね」

これ以上傷付かないでほしい。誰も彼に干渉しないでほしい。悩みを教えてほしい。共有したい。力になりたい。助けてあげたい。ドラコには、幸せでいてほしい。
いろんな思いが頭の中をぐるぐるするけれど、何も言葉にはできない。結局、わたしはドラコのところへ来て何がしたかったのだろう。何もできないのに、意味なんてあったのだろうか。
わたしはまだドラコのこと好きだから、いつでも抱きしめてあげるよ。キスもしてあげる。悩みだって、聞いてあげたいけど、話したくなったらでいいよ。どんなドラコも受け入れる覚悟はあるよ。そう言えたら、どんなに楽だろうか。
なんとなく、ドラコが正しいことをしようとしているわけじゃないことには気付いていた。未知に対する恐怖は感じない。ドラコを失うことの方が恐ろしいと思ったのだ。

「…早く医務室行こう、傷残っちゃうかも」
「君を失うことが怖いんだ」

一瞬、心を読まれたのかと思った。

「詳しくは言えない。ただ、君を守りたい。けれど守れる自信がない。傍にいたら必ず傷つけてしまう。最悪死んでしまうかもしれない。それだけは避けたかった。いっそ、僕から離れて生きてほしかった」

体が離れて久しぶりに面と向かい合う。最近は見かけることのなかったクシャクシャの泣きかけた顔に、鼻の奥がツンとした。

「わたしはドラコを守りたいし、守れる自信がある」
「君はわかってない」
「教えてもらってないし教えてもらわなくてもいい。自分で確かめる。だから傍にいるよ、わたしがドラコの傍にいるよ」

間違ったことをするのかもしれない。いつか後悔する日も来るだろう。
それでもいい。今のわたしはドラコが大切だから。


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