「先生はアンブリッジ先生をどう思いますか」
「我輩と貴様は談笑するような仲ではなかったと思うがね、ミスミョウジ」

スネイプの口調はあたかも蛇が自分の体に巻きついて来るようなそれだった。ねっとりとしていてあまり好ましいとは思えなかったそれも五年目となると流石に慣れるし、その特徴的な寮監を『ユニークな人』と片付けられるようになった。

「いいえ、先生」
「ならば何故そのような戯言を述べるのかね」
「アンブリッジ先生の授業が退屈なので、ぜひスネイプ先生にご教授願いたいと思いまして」
「奴が貴様等に座学の素晴らしさを教えに来ただけではないと、賢い貴様ならわかっているだろう」
「はい、先生」

賢い、の部分が嫌味っぽく感じた。感じただけで別に腹が立ったりしないのはわたしが大人なのか、慣れただけなのか。

「何故我輩が貴様なんぞに時間を割いてやらねばならんのだ」
「先生は寮監で親しみがあり、優れた魔法使いだからです」

親しみがありとか我ながらなんという大嘘つき。言ってしまったからには訂正はできないから黙ってスネイプの返事を待つ。「…いいだろう」。にやりと頬が緩む。

「ありがとうございます先生!」
「少しでも気に入らなかったら即刻中止だ。今夜八時に我輩の部屋の前に来るがいい」

ぶぷ、案外チョロいな。今日からかー、楽しみだなあ。あんまり厳しいと困るけれど、スネイプはなんだかんだ言いながら授業でもちゃんと教えてくれる。風の噂で闇の魔術に対する防衛術の教師になりたがっているとも聞いた。どうせならわたしを授業の練習台にとでも考えてくれると有り難い。





ハリーにもやはりこの間のお願いは理由も添えてなかったことにしてもらい(その際スネイプに教えてもらうことはもちろん彼には教えず誤魔化した)、リズにも粗方説明した。まさか本当にスネイプに教えてもらうとは思わなかったらしく、まじまじとわたしの顔を見た後変な顔をした。「あいつ、鬼畜なプレイ好きそうよね」「いや意外と普通のイチャイチャの方が、じゃなくて、ね?」。彼女は楽しそうに笑った。相変わらずだと思った。

「そういえば知ってる?アズカバンから十人も脱獄したそうよ。そもそもアズカバンを知ってる?」
「さすがにわかるよ。どうやって逃げたんだろうね」
「ナマエのお父さんって、スリザリン出身よね。例のあの人と関係持ってるの?」
「わかんない。ないと思ってたけど」
「ふーん、そう」

例のあの人の話もリズから聞いた。わたしの親は現在ここで言うマグルの世界に住んでいるから、例のあの人と関係があるとは思えない。スリザリンの生徒には親が例のあの人と繋がっているという人がたくさんいるらしいけれど、リズはどうなのだろうか。聞こうと思ったけれど、わたしとは無関係そうだしあまり興味ないのが本音なので開きかけた口を閉じた。

「あんたにお熱なマルフォイの親とかは繋がってるらしいわよ」
「本当?意外と身近にいるもんだね」
「マルフォイ、最近見ないけど」

それにはすぐに返事をできなかった。「さあ、知らない」。無意識に拗ねたような、震える声を一生懸命抑えるような切羽詰まった声が出て自分で驚いた。

「何かあったわね」
「わたしはべつに、」
「いいから言いなさいよ。大丈夫、ナマエの無意識の行動にマルフォイが泣いてるのはいつものことよ」

妙に説得力のあるリズの言葉に、なるほど、この四年間わたしとドラコを見ているだけのことはあると感じた。そしてリズに、ホグズミート村にハリー達と行ったこと、そこでハリーに抱きついてしまったこと、それを何故かドラコが知っていたこと、そして彼がわたしを拒否したこと。すべて話し、最後に「いつも近付いて来るのはあっちなんだけどね」と付け加えた。

「ナマエから抱きつくなんて、変わったわね」
「自分でもそう思う」
「なんていうか、マルフォイと付き合ってる自覚ある?」
「……ない、ドラコにも同じようなこと言われた」
「んー、まあ、どっちが悪いとかはないけれど、たまには優しくしてみたら?多分すぐ許してくれるわよ」

自分でもそう思っていた。けれど他人に言われることでここまで行動力に影響するとは思わなかった。リズの言葉によくわからない自信が生まれ、今すぐドラコに会いたい気持ちになる。「わたし、謝る」「うん、それがいいと思う」。柔らかなリズの微笑みにわたしも思わず笑顔になった。





ドラコに謝ろうと決めたものの、結局彼とは会えない日が続いた。以前と比べ変わったのはそれと、毎日夜にはスネイプの個人レッスンがあることくらいで、平凡な毎日を送っていた。どうせすぐにまたドラコにも会えるだろうと思っていたが、彼の意思は相当のものだったらしく目が合うこともなかった。ブレーズから、わたしのことでドラコをからかったところ何も返答せず立ち去ってしまったと聞いて、これは手強いと初めて焦ったのは修了式である。
そう、明日から夏休み。もう五年生終わり。

「どうしようリズ…!」
「喧嘩したのがそもそもつい最近だものね。どうせすぐ仲直りすると思ってたけど、まさか一ヶ月もかかるとは思わなかった」
「わたしもだよ…、もう明日から会えない…」
「だめね、ちゃんと捕まえなさいよ」
「わたしだって、呼び出したり実際に捕まえたりしたよ。けどあいつ、すっぽかすし腕振り払って全力で逃げるし、…パーキンソンには笑われるし…」
「お気の毒様。ていうか、話しかけ辛くないの?」
「なんで?」
「ほら、その…」
「…ああ」

ドラコの父親が捕まったらしい。
ハリー達がまたいろいろ知らない内に活躍したらしく、ドラコのお父さんは例のあの人と繋がっているということで捕まってしまったらしい。リズから以前“そういう”人だとは聞いていたけれど、まさか捕まってしまう程だとは考えもしなかった。わたしはどうやら例のあの人やマルフォイという家を甘く見ていたらしい。
だからと言って気まずくなる必要はない。わたしとドラコの間に例のあの人は関係ないし、ドラコの父親が捕まったことにも、驚きはしたし微かな同情も芽生えたけれど、引いたり差別的な目で見たりなんてこと考えもしなかった。

「最後にもう一回、ドラコのとこ行って来るね」

これでだめだったら、夏休み中手紙でも送ってみよう。返事が来なかったら六年生になってからでももう一度話しかけてみればいい。





「ハーイ、パーキンソン」
「ハーイ、負け犬。ドラコならいないわよ」
「あ、そう。ありがと」

帰ろうとする生徒達をかき分け見つけた人物に話しかけると、聞く前に自分が求めていた情報を提供してくれた。彼女からしてみればあの勝ち誇った顔から考えてもわたしを馬鹿にしたかったらしいけれど、お生憎様、わたしは大人だから特に気にもならない。むしろ会話が省けて助かった。すぐに背中を向けると後ろから「ほんっとムカツク!」。あんまり嫌われると、さすがに悲しいよ、パーキンソンちゃん。

「っあ、」

不意に手を引かれる。その先を辿ると、久しぶりに見たプラチナブロンドがサラサラと揺れていて胸が高鳴った。掴まれた左手がどうも熱くてたまらなかった。


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