「誤解してるよ、ドラコ、わたし別にあんたのこと嫌いじゃないもの」
先日わたしがドラコのキスを拒否したせいで彼はそれなりにダメージを受けてしまったようだった。いつもは自慢げに輝く瞳も今では明らかに濁っていてわたしにいちいち絡んでくることもなくなった。参ったなあ、こうも落ち込まれてしまうとこちらも罪悪感を感じる。
「それをあたしに言われてもねえ」
当の本人は先に言った通りわたしと接触しないのでいるわけがない。代わりに話を聞いてくれていたのはリズだった。「キスくらいしてあげなさいよ」「だってわたし初めてだし」。ため息をつかれた。そんなチュッチュチュッチュしてあげられるほどわたしの唇も安くはない。これだから外国の人たちは、とこちらがため息つきそうになった。
「あんたも好きなんでしょ、ドラコのこと」
「さあ」
「ええ、ええ、そうね、最近調子乗ってるナマエは男の一人や二人くらい弄ぶわよね」
「そんなんじゃないよ!」
なんて言い様だ、まるでわたしが悪女みたいな。「やってることは悪女みたいなもんよ」。なるほど、これが悪女なのか。確かにわたしがこんなことされたら悲しいしムカつくし殴りたくなる。そりゃドラコも沈むわな、このままじゃあ本当に嫌われてしまう。わたしだってドラコのこと嫌いじゃないしむしろ、。
「時間よ」
今日はとうとう待ちに待ったクリスマスパーティ。母に送ってもらったドレスと履き慣れないハイヒール、いつもはしないようなキラキラしたメイク。指先までネイルで美しく見せ、日本人特有の暗めな髪の毛先を巻いてゆるく結い上げた。今日は、女の子なら誰でもお姫様になれる日。正直、誰よりも彼に見てもらいたいと思った。
ブレーズと待ち合わせの場所に向かうと既に彼はいた。「綺麗だ」。ストレートなその言葉にドキンとする。聞き慣れていない褒め言葉なので照れ隠し程度に笑ってみせた。
会場に着き彼と他愛もない話をする。あの女の子はどうだとか、足が好みじゃないとか、男に下心がないわけないとか、ブレーズの自慢話とか。知らぬ内にハーマイオニーがダームストラングの代表とダンスを始めていて、それを筆頭にみんなも踊り出す。わたしはそれを魔法がかかってしまったかのようにじっと見つめていた。
いいなあ、みんな、綺麗。
「さて、どうする?」
「何が?」
「ダンス。もう君にちょっかい出す女子はいないだろうけれど、それ以前に君、踊る気ある?」
「ないよ、ああでも、スネイプ先生となら踊ってみたいかも」
ちらりと見つけたこの場には似つかわしくない姿を見ながら答えると一瞬で素敵な彼の表情は崩れた。「何それ」「ほんの冗談よ、怖いもの見たさ?踊ってるの見てみたいだけ」。会場でテーブルに置かれていたお洒落なグラスを手に取り一口、パッと弾けるような感覚がした。「ゼロってわけじゃないなら、とっておきの奴がいるぜ」。彼の言いたいことはなんとなくわかったので首を振って否定をした。
「今わたしじゃない女と楽しくやってるから無理」
「お前、本当にあいつのこと好きなのか?」
「は?」
「は?」
誰がいつわたしはあいつが好きだと言ったのだろう。違うのか?と聞いてくるブレーズになんとも答えることができずグラスを見つめる。別に、違うわけではないけれど。
「ま、別にいいけど」
「ブレーズって、けっこう世話焼いてくれるよね」
「お前らがくっつけば平和なの、わかる?」
わかるわけがないと首を横に振るとわたしのグラスを奪ったブレーズはそれを一気に飲み干してしまった。ああ、と思うがテーブルにはまだまだたくさんあるのでそれくらい気にする必要などなかった。
「王子様の迎えが来るまで待ってな」と頭を撫でた彼は他の女の子をナンパしに行ってしまった。何これ、わたしまるでブレーズにフラれちゃったみたいじゃん。急に居た堪れなくなり会場を出て人気のまばらな階段で座り頃合いを見て部屋に戻ることにした。元々このパーティにも来たくないわけではなかったけれど来る予定じゃなかったのだ。
「何してるんだ」
本当は気付いていた。視界の端で光る髪にも時々感じる視線にも、パーキンソンの耳を塞ぎたくなるような悲鳴らしき声も。ただそこで振り向いてしまったら自分の負けのような気がして、知らぬ振りをしながらブレーズだけを見ていた。ああ、彼にもブレーズにも、申し訳ないことをしたかもしれない。
「フラレチャッタ」
「ふん、お前みたいな女はあたりま」
「うるさいな、ドラコは?」
「…僕は、別に、あいつとは、はぐれてしまったから」
「ふーん」
髪が乱れていないか確かめていると隣に彼、ドラコが座る。あいつとはパーキンソンのことだろう、横を見ればバッチリ目が合ったので言いたいことを言ってやった。
「パーキンソンだって女の子で、ドラコのこと好きなんだからかわいそうなことしないであげてね。さっき大きなたっかい声でドラコーって聞こえたよ。行けば?」
突然彼は立ち上がりわたしの手を引いて歩き始める。特に高さがあるわけでもない彼と違ってわたしは履き慣れないヒールだったからどうしても転びそうになってしまった。「ひっ早い!ドラコ転ぶ!」。ああ、と気付いた彼は少し速度を落としたもののやはりわたしにとっては少し早かった。しかし実際走ってみると走る途中で転ぶ確率より立ち止まれない確率の方が高い気がしてならない。足元を心配していると彼は突然立ち止まり、案の定ドラコに体がぶつかった。
「びっくりした、なんなの」
「君は、そんなに僕が嫌いか?」
見上げた切なそうなドラコの顔にどきりと胸が音を立て、何故か嫌な汗をかく。
「そういうわけじゃない」
「なら何故そんなに僕を拒否するんだ、前だって、今だって、キスだって」
「キスは仕方がないよ、わたししたことがないし頬にだってドキドキするもの」
「頬ならいいのか?」
「そうなるわね」
会話はそこで途切れたが代わりに真剣な、少し緊張したような表情を浮かべるドラコがいる。わたしに何をしようとしているのかは一目瞭然だった。「頬、だな」「頬だよ」。すっと近付く顔に自然と下を見る。すぐに頬に温かくて少し湿っ気のある柔らかいものが触れた。離れてまたくっつき、離れてまたくっつき、心臓をくすぐられているようなふわふわした感覚がする。離れてまたくっついて、わたしは彼を止めた。
「なんだよ」
「頬だけって言ったのに、ドラコ、だんだん唇に近付いてる」
「気のせいだ」
「少し唇に触れた」
しかしなんだかんだでわたしも甘いのかもしれない。今度こそ無理やり唇にキスをして来たドラコに不快感などほとんどなくて、しいて言うならばファーストキスはよかったものの二度目にして舌を入れて来たことには少し気持ち悪さを覚えてしまった。高いお鼻がよく頬に当たる。
「君がいけないんだ」
「わたしが今日かわいいから?」
「いいや、綺麗だ」
まるで犬のようだと思った。それにしてもキスで呼吸ができず息を切らす彼女たちがよくわからない、鼻でできるだろう。「余裕だな、本当にファーストキスか?」。綺麗なおでこを思いっきり叩くと彼はううっと情けない声を上げた。何故こうまでしてキスをしたがるのか、外国人は、男共は。
「本当、男ってよくわからない」
「僕は君が一番よくわからない」
涎のついた唇と頬をストールで拭い、満足?と聞けば仕方がないなとでも言うようにため息をつかれた。もうパーティに戻る気はないということで意見が一致し二人で談話室に戻ることにする。ヘタレな彼は今日はもうわたしに手を出さないだろう。
セドリック・ディゴリーの死を知ったのはそれからすぐのことであった。