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「キャアアアアアアアかつっ、か、か、勝己君??!?!なんっ、それ、え?!」
「………。」
「うっうっ、うえええカワウィィイーーーーー!!!!!」
「殺すぞ!!!!!」



大好きな大好きな勝己君がイメチェンをして職場体験から帰って来た。
いつものツンツンボンバーヘアはそのなりを潜め、ガチガチに七三、いや分け目具合からすると八二?最早九一?とにかくしっかりと固められている。嘘、よく見ると少しだけツンツンが生き残っている。
今日は職場体験明け初の出校日だったから思わず早起きをしてしまった。その勢いで家を出たら、見覚えのある制服に見覚えのある髪色、なのに見覚えのない髪型の男の子を見つけたのだ。
勝己君のことは小さい頃から見守らせていただいているがこんな髪型見たことも聞いたこともない。想定もしていなかった。待って、規格外過ぎる。脳みそが追いつかない。一体公式に何があったんだ。

「な、すごい、かわいい、似合うよ?!」
「似合ってたまるか!」
「ごめん、写真だけちょっと失礼。」
「やったらテメーの命はないと思え!!」

カメラを起動したら私の命は冗談だとしてもスマホの命は確実になくなりそうな雰囲気だったのでショックで震える手でカバンに避難させた。悲しい…こんな、こんな貴重な勝己君をデータに残せないなんて…!そうは言っても推しの嫌がることは死んでもできないので泣く泣く心のシャッターを切った。
恐らく勝己君は私に会わないように早めに家を出たのだろう。残念ながら私も今日は早かった。彼は何とも言い難い耐えるような表情をしていて、少しだけ申し訳なさを覚える。恨むなら私に見つかった自分の運のなさを恨んでくれ。逆に私は運が死ぬほどいいと思った。

「職場体験、ベストジーニストのところだっけ?どうだった?怪我とか、あぁしてないよねごめんごめん。A組もB組もいなくて静かで寂しかったよ〜。一週間って長いね!勝己君いない時にねぇ、光己さんに激辛ビビンバの作り方教えてもらったよ!さすがに勝己君ほど辛いのは食べれないけど…。あっそういえば授業で期末テストの匂わせあったよ!そろそろそういう時期だよね。雄英初のテスト緊張するなぁー!」

勝己君に会った時はいつも一方的に話しかけていて、今日もそれは変わらない。いつも通りだ。とくに言葉はないが表情で返事をしてくれるので話を聞いてくれているんだなと思いついつい話しすぎてしまう。職場体験の話をしたら顔がすごいことになったのですぐにやめたが、おそらくこの髪型も関係しているのだろう。本人は気に入らないようだが私は新しい世界が広がってすごく嬉しいしハッピーだ。日頃からもちろん最高なのだが今の髪型も超かわいい。無限の可能性を秘めている勝己君、今日も最高に推せる。

「どんな髪型の勝己君も本当に素敵だなぁ。」

どうしてもチラついてしまうイメチェンに思わず呟くと、勝己君が親指で自身の首を切る動作をした。

「死ね!!!!!」

私は今日も、いつも通りの幸せを噛み締めている。





ヒーロー科が職場体験から戻りいつもの賑やかさが戻った今週は、各科目で期末試験に関する説明が行われた。テスト範囲すべての授業が終わるのはもう少し後になるが意識の高いクラスメイトたちはすでにテスト勉強を始めているようで、休み時間には勉強をしている子がちらほら見え始めている。
かく言う私も本格的ではないが高校の友達と一緒に授業の復習を始めていた。雄英は本当にみんなのレベルが高いからちっとも気が抜けない。中学まではそれなりに頑張ればいい成績を残すことができたが雄英に入学してからは本当に毎日必死に勉強している。これもすべて将来推しに貢ぐためのお金を稼ぐ準備だと思えば全然苦ではなかった。

「(えーと、あ、あった。)」

勉強をするとその分ノートの消費が激しいので、休日である今日は足りなくなりそうなノートを買いに街まで出てきた。初めて行った書店だったが、無事にいつも使っているノートを見つけ、ついでに筆記用具も一緒に持って浮かれた気持ちでレジでお会計をする。
実は街に出るならと気分転換を兼ねて、今日は書店も入っているデパートにやって来たのだ。お会計を終え、緩む頬を抑えながら他の階にあるショップを歩き、コスメや洋服を眺めて回る。かわいくて綺麗な服や化粧品は見るだけでも楽しい。テンションが上がる〜!早く働いて自分のお金で好きなものを好きなだけ買い揃えたいなあ。そのためには勉強をして少しでもいい大学に行って給料がよくてホワイトな会社に就職しなきゃ。

「(そして好きなだけ推しを!!愛でる!!)」

心の中で拳を握り締め、エレベーターのボタンを押す。せっかくなので上の階にあったショップでリップを買いたい。貯めているお小遣いで一本くらいは買ってもバチは当たらないだろう。普段勉強頑張ってるし…家事もできる範囲でちゃんとやってるし…。このお小遣いもお母さんのお金なのだが、有り難みを噛み締めて購入させていただくので許してほしい。
エレベーターが到着した。扉が開き、既に乗っている人が見える。私は突然のことにあんぐりと口が開き、動けなくなった。言葉が出てこない。一向に乗る気配のない私を不審に思ったらしいその人は、スマホから顔を上げると私を見て「あ」という顔をして、そして時間が来て扉が閉められた。



「…いやいやいや!!乗らないの?!」

再び開き始めた扉は、きっと彼女が慌てて開けるボタンを押してくれているからだろう。話しかけられてようやく喉が復活し、「の、乗る!!」と大声を出しながらエレベーターに乗り込んだ。

「止まったのに全然人が乗って来ないから…見たらアンタでびっくりしたよ。」
「ごめん、ぼーっとしてた。ありがとう。」

ダラダラ汗をかきながら閉めるボタンを連打する。
やばい…やばい…、まさか休日に…!


「(し、私服姿の耳郎ちゃんに出会えるなんて夢みたい…!!)」
「ボタン押さないの?」
「あ!えーと!何階だったかなって!アハハハハハ!」

もう目的のショップが何階だったか思い出せないほど頭が回らない。とりあえず耳郎ちゃんを最後まで見送りたいので光っているボタンの上の階を押した。何があるかは知らん。ボタンがあるならとりあえず大丈夫だろ。パニックでも気持ち悪さが通常運転で我ながら呆れてしまった。しかしこんなチャンスは滅多にないと、へらへら笑いながら耳郎ちゃんに話しかける。

「え、えへへ、体育祭以来だね!耳郎さんも買い物?」
「あーうん。てかさん付けか。呼び捨てでいいのに。」
「えっ!じゃあ耳郎ちゃんって呼んでもっ、」

突然ガタン!と大きく振動し、フッと照明が消えた。順調に上がっていたエレベーターがピタッと止まり、何の機械音も聞こえなくなる。

「…え。」
「嘘、止まった?」

どうやら停電が何かでエレベーターが止まってしまったようだ。ひとまず全部の階のボタンを押したが、やはり動かないようなので今度は非常用ボタンを長押しする。…繋がらない。

「建物全体が停電してるっぽいね。」

突然の出来事に思わずボタンを眺めてぼうっとしていたが、後ろから聞こえた耳郎ちゃんの言葉に振り返った。彼女はコードのような耳たぶを壁に挿して音を聞いている。そうだ、彼女の個性は確か心音を伝えるだけでなくこうやって小さな音も聞くことができるんだ。

「…まじか。」

じわじわと現状を理解して来て、ガッと片手で両頬を握り締める。それだけじゃ足りず、自分の思考を停止させるため目を瞑った。
大丈夫よ名前、落ち着いて。

「…苗字?」

まぁそりゃエレベーターに二人っきりになった瞬間ちょっと頭をよぎったけど、そんな生命の危機に関わるかもしれないこと迂闊に考えちゃダメだから、とは言え私はともかく彼女はメインキャラだから多少のハプニングくらい乗り越えられるだろうし、いやでもそんなこと起こったらここだけじゃなく外部に異常があったということになるんだから大変な事態であって、まぁ結局実際に起こってしまったんだけど、だからと言って今は非常事態なんだから浮かれるなんてまさかそんな、二次元でよく見かける展開になったからってそんな、

「(エレベーターに気になる人と閉じ込められる展開になっちゃってラッキーだなんて絶対に思っちゃダメ!!顔よ緩むな!!思考よ止まれ!!!!)」

こんな時のために覚えた素数をどうにか脳内で唱えるが、気を抜いたら密室に二人っきりという状況にデレデレしてしまいそうだった。息を止めて不謹慎な発想を堪える。
不意に、私の右手に誰かの手が重なった。言わずもがなここにいるのは耳郎ちゃんだけで、はっと目を開けばそこには真っ直ぐこちらを見つめる耳郎ちゃんがいた。

「大丈夫、絶対助かるから。」

真剣な顔でそう言って、私の手を包んで優しく顔から離してくれる。至近距離で見る彼女の頬はとても綺麗で、キュートな下まつ毛が透き通ったつぶらな黒目を縁取っていて、口も鼻もちっちゃいけどすごく整っていて、艶のある髪はとてもいい匂いが、

我に返って頭を壁に打ち付けた。

「え?!ちょっと?!」
「うん大丈夫。ありがとう。」
「今閉じ込められてるんだから気をつけなよ!」

ジンジン痛む頭を押さえながら耳郎ちゃんの魅力と気を抜くと気持ち悪い自分の思考回路に恐ろしさを感じた。耳郎ちゃんは真面目に心配してくれているというのに、私と来たら本当に…マジで骨の髄までキモいな自分…。
耳郎ちゃんの言う通り今は閉じ込められてるのだ、下手に怪我して迷惑をかけてしまうのは避けたい。深呼吸をして気持ちを切り替え、エレベーターの壁に寄りかかるように座った。

「ちょっと外の様子見てくる。」
「できるの?」
「うん、私の個性なら。ちょっと待ってて。」

頭を冷やす意味も込めて個性を使う。幽体離脱してエレベーターの天井から見下ろすと、突然眠った様子の私に慌てる耳郎ちゃんが見えて今度は隠さずにニヤニヤと笑った。かわいいなぁ。
エレベーターの箱を出て近くのフロアに行くと、案の定電気が消えて薄暗く他のお客さんたちも戸惑っているようだ。遠くで警備員の人たちがパタパタ走っているのが見える。一応デパートの外をぐるっと一周したがヴィランがいたわけでもなさそうで、ただ単に設備の不具合が原因っぽいなと目星をつけたところでぱっと視界が明るくなった。
パチッと目を開けるとエレベーターは元の明るさを取り戻していた。顔を傾けて見上げれば、耳郎ちゃんはボタンの前に立っていた。

「直ったっぽいね。」
「うわびっくりした、」

後ろ姿に話しかけると、耳郎ちゃんは突然起きた私に驚いて肩をびくつかせた。耳郎ちゃんは続けて何か話そうと口を開いたが、ちょうど非常用ボタンを押していたらしく先に外部との連絡が繋がったのでそちらに視線を戻し私たちが閉じ込められることを説明する。

「すぐ動くようになるって。」
「よかったー。ありがとう。」

いつ復旧するかわからないし、と座ったままでいれば、通話を終えた耳郎ちゃんも向かい側の壁に寄りかかるように座った。すると伺うような表情でこちらを見たので不思議に思うと、「あのさ、」と口を開いた。

「言いたくなかったら別にいいんだけど、さっき何してたの?」
「さっき?あ、個性のこと?」

うん、と耳郎ちゃんは頷く。勝己君を除きA組の子に個性を教えるのは初めてだ。自分のことを話すことに少しドキドキしながら、耳郎ちゃんに私の個性が幽体離脱であることを教える。

「音は聞こえないんだけど、それで外の様子を見て来たんだよ。そしたら途中で電気ついたから戻って来たの。」
「へー、てことは壁すり抜けたりすんの?」
「そうそう。耳郎ちゃんは、それで音聞いたりできるんだよね?」
「うん。プラグになってて、自分の心臓の音を爆音で伝えることもできる。」
「やば!強すぎ!」

自然と始まったおしゃべりに胸が弾む。少し照れ臭そうにした耳郎ちゃんやっぱりかわいい。

「私は書店に来たんだけど、耳郎ちゃんも?」
「うん。あと、楽器店入ってるからちょっと寄ろうかなって。」
「へー!何か楽器やってるの?」
「ん、まぁ、少し…。」
「すごーい!かっこいい〜!!」

満面の笑みで褒めちぎるとまた恥ずかしそうな気まずそうな顔をされた。あんまり褒めても気分悪くさせちゃうかな。本心なのだが少し控えめにしないと引かれてしまうかもしれない。

「苗字はもう帰るの?」
「うん、あとはちょっと化粧品買って帰ろうかなってとこ。」

ガサ、と書店の袋を持ち上げて見せてみる。

「あー、なるほど。」
「?」
「なんか学校と雰囲気違うなと思ったら、化粧してんだね。」
「え、あ、私?う、うん、変だった?」
「いや、大人っぽくてさ。一瞬苗字って気付かなかったよ。」
「え…!ありがとう…!」

もしかしてちょっと褒められたかもしれない…!と感動したところで、エレベーターがいつもの機会音を出して動き出した。どうやら無事に復旧したようだ。耳郎ちゃんが全部の階のボタンを押し直してくれていたのですぐに最寄りのフロアに辿り着く。
エレベーターの扉が開いて外に出ると、近くで待機していたらしい警備員の人たちに話しかけられた。謝罪の言葉と共にやはり設備の不具合が原因だと教えてくれた。うんうん、仕方ないよね。機械は難しいよね。エレベーターの構造も仕組みも私にはさっぱりわからないので、だからこそ当たり前に使えることの有り難みを感じた。

「じゃあウチは上の書店行くわ。」
「あ、うん!また学校でね!」



笑顔で耳郎ちゃんと手を振り合う。名残惜しいが仕方がない。まさか個性を使ってついていくわけにもいかないし。ていうかさっきナチュラルに使ったけど個性の使用って原則禁止だったような…私の場合今更か…。

いやーーーー、それにしても、担当の業者さんには申し訳ないけど、エレベーターめっちゃいい仕事してくれたなー!!!!



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