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誰かの声がする。「…まだ…」「……たら……う……」 声が遠ざかっていく。誰だろう。お母さんのお客さん来てるのかな?こんな朝早くから一体誰が…



………あれ、今って何時?



一瞬で覚醒してガバッ!!と体を起こし時計を探す。が、目に入った見覚えのない部屋に思考が停止した。

「(……あ、そうだ、昨日…。)」

学校に遅刻すると思い飛び起きたが、それどころじゃないんだった。
あのあと車から離れ一晩どこか身を隠せる場所を探していた時、眼鏡をかけた女の人が声をかけて私を保護してくれたんだ。具合が悪かったこともありあまり詳しくは思い出せないが、どうやらその人の家で一晩寝ていたようだ。
昨日は本当に夢なんじゃないかと思うくらいいろいろなことがあったが、すべて現実の出来事だ。

「…お母さんに連絡、」

近くに置かれていたカバンからスマホを取り出し電源ボタンを押すと、前回と違いすぐに画面が表示される。電源は落とされたままだった気がしていたが…?時刻は日付が変わって朝の5時半、お母さんからのメッセージが来ていて、慌ててそれを開くと昨夜私とやりとりしていた履歴が残っていた。“急だけど今日は学校の友達のところに泊まります”“はーい。気をつけてね” ……そうだ、昨日、何が何でも母にだけは連絡しなきゃと思ってスマホを操作していたら、もたつく私を見かねてあの女の人が代理入力を申し出てくれたんだ。日頃の行いがよかったのか、突然の外泊に対して咎められるような返信は来ていなかったのでホッとした。
耳をすますと、遠くから誰かの声や足音が微かに聞こえる。ここの家主はもう起きているようだ。私ももう一晩寝てスッキリしており、体調もよくなっているので起きることにしようと布団を片付けた。治ってよかった。

「(学校…どうしようかな。)」

昨夜着替えさせてくれたのか私は今パジャマのようなものを着ており、制服は見当たらない。しかし記憶が正しければ結構な数のボタンが取れたので縫わなければならないし、そもそも昨日ボタンを全部拾えていたかも危うい。ここがどこで学校まで何分かかるかもわからないので早めにあの女の人と話がしたい。
よし、と家主のところへ向かう決心をして引き戸を開ける。どちらの方向に行けばいいかとキョロキョロしたが、残念ながら右も左も同じような廊下が続いていたのでわからない。困った…遠くから音はするんだけど…。他人の家をウロウロするのも都合が悪いが、待っていても仕方がない。ひとまず左に行ってみようとスマホだけ持って部屋を出た。
広い廊下だ。というか家自体が広い。確かに実家だって言っていたような気もするけど、それにしても広すぎる…。お金持ちなのかな?部屋も廊下も純和風だし、今時こんな家はなかなかない。着ているパジャマもシルクな気がしてきた。肌触りいいし。わからんけど。

「(どうやったらこんなに儲かるんだろう…。株?投資?将来の参考にしたいから教えてもらえないかな。)」

違うことを考えつつも、聞こえていた物音は段々と大きくなってきているから方角は合っていそうだ。突然出会うかもしれないと今更ながらに髪を整える。昨日からお風呂はもちろん歯磨きもしていないから気持ち悪い。こんな汚い状態で恩人にお会いするのは申し訳ないが、昨日の感謝を伝えないと。
曲がり角が現れたので恐る恐る顔を覗かせると、ちょうど部屋から出てきた男の人と目が合った。

「あ。」
「!!」

まさかの、全然知らない男の人と先に遭遇してしまった…!!昨日の女の人じゃない…!!しかし髪色は昨日の人と同じ白なので、おそらくご家族の方なのだろう。びっくりはしたが一晩お世話になっておいて逃げるのは大変失礼なので、慌てて曲がり角から出て頭を下げた。

「おはようございます!昨日ご家族の方にお世話になった者です!ありがとうございました!」
「あ、あぁ、今姉ちゃん呼んで来る。」

やはりご家族、弟さんだったようだ。離れていく背中をドキドキしながら見て、ふぅと息をつく。





「おはよう!」
「あっおはようございます!」

パタパタと昨夜の女の人がエプロンをつけた姿で登場した。その後ろには弟さんも続いている。

「体調はどう?」
「(…あれ?)」
「まだ調子悪い?」
「あ、いや、もう大丈夫です、ありがとうございます。」

あれ…待って…なんだか…なんだかこの人……

「本当?!よかったぁ!」
「(ウワッ笑顔眩し…っ!)」

めっっっっちゃ美人じゃん!!!!!!!!



「いろいろ話さなきゃないことはあるけど、とりあえず顔洗ってご飯にしない?」
「姉ちゃん、まだあんまり食えないかもよ。」
「あっ確かに!よしとく?」
「いっいえ!よろしければ、ちょうだいします…!」
「うん!食べられないものは無理しなくていいからね。」
「あ、俺タオルと歯ブラシ持ってくるよ。」
「ありがとう、夏。」

あばばばば、弾ける笑顔が美しすぎる…私なんかのためにこんなに喜んでくれて…。なんて素敵な人なんだろう…。
弟さんが私のためにわざわざタオルと歯ブラシを取りに行ってくれた。先に洗面所を案内するわね、とお姉さんが広い家をスムーズに歩いていく。そのあとを追いかけながら、ふと思い出したことを聞いた。

「あの、私の制服って…。」
「あ!そうだよね!それ私のパジャマなんだけど、昨日勝手に着替えさせちゃってごめんね。」
「とんでもないです!この服すごく着心地がよくて、むしろ申し訳ないです。」
「全然気にしないで。制服もね、私の部屋にかけてあるの。本当は今朝返そうかなとも思ったんだけど、寝てるところ起こしたら申し訳ないなと思って。」
「な、なるほど…?」

ありがたく洗面所をお借りして、顔を洗い戻って来ると、テーブルには焼魚、味噌汁、ご飯、おひたしなどの美しい日本食が並んでいた。お、おいしそう…!!

「朝はパン派だったかしら。」
「お米大好きです!ありがとうございます。」

三人で食卓につきお姉さんの作った朝ご飯を食べながら、ここまでしてもらって名乗らないのも失礼かと思い自分の名前と、制服でバレているだろうから雄英高校に通っていることも伝えた。するとお二人もお名前を教えてくれて、お姉さんは冬美さん、弟さんは夏雄さんというらしい。だからお姉さんに夏と呼ばれているのか。お二人には弟さんが更にいて、その子も雄英なんだとか。え〜〜〜〜名前聞いてわかるかな…わからなかったら失礼だしな…。記憶力は授業と1-A(最近1-Bにも)全振りしてるせいで迂闊には聞けなかった。
それにしても美人の作る飯のなんとうまいことか。昨日の昼から食べていないこともありペロリと平らげてしまった。うっお腹苦し…キツ…。

「お二人とも、本当にありがとうございました。助かりました。」
「全然!元気になってくれてよかった。」
「昨日の夜はスゲービビったよ。」
「すみません、ご迷惑を…。」
「あーそういう意味じゃなくて!元気になってよかったよ!うん!」
「(夏雄さんもイケメンじゃねーかこの家ヤバ。)」





食後、冬美さんに招かれたのは彼女の自室だった。美女の部屋にドキドキしながら入ると案の定いい匂いがした。ヒエ〜二酸化炭素置いてくのマジで申し訳なさすぎる。換気のため戸は閉めれなかった。

「はい、制服。」
「…あっえっえーー!直ってる…!」
「余計なお世話かなとも思ったんだけど、ボタン入ってたから。」
「いやもう本当に、ご馳走になった上に制服まで…!ありがとうございます…!」

渡された私の制服はボタンが綺麗に直されていて、冬美さんが修復してくれたとのことだった。本当に何とお礼を言ったらいいのかわからない。ハンガーにかけられた制服を私に手渡して、冬美さんが口を開く。

「学校ならこの時間でもまだ間に合うわ。」
「本当ですか!」
「でも、あまり無理しない方が…。」
「…うーん、母にも黙ってるし、もう大丈夫なので、学校には行きます。ありがとうございます。」

本音は学校めちゃくちゃめんどくせ〜〜〜のだけれど、体は元気になってるし、休んで変に母に連絡がいってしまったら信頼を失うし、何より授業についていけなくなるのはつらい…。雄英ってやっぱりレベルが高くて大変なのだ。実は昨日出された課題が終わってないのも相当やばい。あっやっぱり休みたいな。いや、午後の授業で提出だから、空き時間にがんばればいけなくもない…。行くか学校…。
早速寝かせてもらっていた部屋に戻って制服に着替える。着ていたパジャマもクリーニングに出してお返ししたいところだが、そちらの方がかえって迷惑かもしれない。全力で畳んだ布団の上にで全力で畳んだパジャマを置いた。金持ち美形姉弟の家を汚して帰ってはならない。





「大変お世話になりました。このご恩は一生忘れません。」
「とんでもない!病み上がりなんだから無理しないでね。」
「はい、あの、本当にありがとうございました。」

深々と頭を下げ、命の恩人の家を跡にした。私の家からも来れない距離ではないので、また今度菓子折りとか持って来たい。冬美さんにも後日お礼させてほしいとお願いして連絡先をゲットしてあるのだ。
そういえばスマホに登録した時、あとでちゃんと入力しようとササッと名前だけ登録したんだった。昨夜身分証明だと言って名刺をくれたはずなので、それを見て苗字と漢字を確認しようと思っていた。確かにこの辺に、とカバンのポケットに手を入れる。

「あった。えーと、とど、……………。」










車3つ書いた苗字、トドロキって読む以外ある????



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