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個性を解除して、意識を失って私の上に倒れ込んだ変質者の下から抜け出した。じっと奴を見続けると浅く呼吸はしているため、死にはしなかったようだ。あのまま続けていたら正直わからなかったけれど。
フラフラとベッド際から這い上がり、奴の荷物を漁る。無事ガムテープを見つけ、自分がされたように手足を固定してやった。目が覚めたら反省しろクソ野郎。
ガムテープと一緒に偶然見つけたキーケースを調べる。車の鍵と、これらは部屋の鍵だろうか。少し考えてから、壁に背を預けて個性を発動する。女の子が閉じ込められているかもしれない部屋を探そうとしたら、グンと意識が引っ張られた。

「…あれ。」

個性が、使えない…?幽体離脱してもすぐ体に戻ってしまった。気を引き締めてもう一度個性を発動する。…うん、頑張れば使えないことはない、な。
普段より気合を入れなければならないのは、おそらく無理矢理飲まされた薬で体力が奪われているせいだろう。とくに今日は先程普段やったことない使い方をしたから、その影響もあるかもしれない。意識が持っていかれる感覚は強制的に体に戻ってしまうということなのか。いつもは好きなように出たり入ったりできたけれど、調子が悪いとうまくできないらしい。
今日は個性に関するいろいろな発見があるなあ。それくらいピンチってことなんだけど。

『あ…いた。』

私の部屋から3つ隣に一人、その隣の部屋にもう一人、私のように拘束されてベッドに寝かされていた。二人ともどこかの学校の制服姿で、同じように登下校中に襲われたのかもしれない。近くのテーブルにペットボトルやパンのゴミが置かれているからちゃんとご飯はもらえていたようだ。それでもいつからいたのかはわからないから、早めにここを脱出して警察か病院に連れて行った方がいいだろう。
建物をすり抜けて外に出て、乗せられてきたであろう車を探すと木陰に隠れるように一台の車が停まっていた。車の中を覗けば、荷台に私のカバンともう2つカバンが置かれていた。ビンゴだ。
しばらく他の部屋や建物の周りを見て私たち以外がいないことを確認する。透ちゃんみたいな個性の人だったら全然認識できないけど…。それでもこの個性やっぱり便利だな。

「っ?!うぐぅ…!!」

偵察を終えて体に戻ったその瞬間、ガンガンとした頭痛と吐き気が復活した。あまりの苦しみに床に這いつくばって痛みを堪える。ベッドの上では襲われていてそれどころじゃなかったのですっかり忘れていた。
フーフーと荒い呼吸をしながら服を握りしめて痛みを堪えていると、ふと自分の胸元が目に入る。あー、さすがにこれはまずい。はぁ、いろいろキツイな。
痛みに慣れた頃、薄暗い中どうにか弾け飛んだボタンを見つけ、はずしたネクタイと一緒にポケットに突っ込む。シャツを胸の前で重ねてから脱いだジャケットを腰巻きにした。

「…いくか…。」

再度奴が寝ていることを確認してから、部屋を出て鍵を閉める。ふう、と息をついて女の子たちの部屋へと向かうが、一歩一歩がすごく重い。

「(あれ…さっき、こんなに遠かったっけ…。)」

辿り着かないんじゃないかという不安に襲われ、少し焦りを感じる。個性を使っている間は痛覚がなかったから、とくに遠いなんて思わなかったのか…。薬は少量だしあっちも当たり前のように飲ませて来たし、死ぬとかはない気がするけど…。気絶できるものなら気絶したいと弱音が出そうになるが、それはまだダメだと自分の体に鞭を打った。
どうにか目的の部屋に着いて、何個か鍵を差し込む。ガチャリと鍵が回ったところで扉を開けると、奥のベッドには女の子が一人寝かされていた。

「…あー、起きて、ますか?」

声をかけるとビクッと体が震え、小さく頷いた。起きているようだ。相槌を打ってくれたことにホッとして、できるだけ優しく声をかけてから目や口元の拘束を解いていく。目が合った瞬間、ぼろぼろと泣き出したのでギョッとした。

「ごめん、口剥がす時痛かった?」
「…たすかったんですか?」

女の子がやっと絞り出したようなか細い声で私に問いかける。すぐに肯定しようとしたが、まだ何も解決はしていない現状に気付いて思い止まった。

「…急いでここから離れよう。」

部屋から持って来たハサミで手足の拘束も解いて行く。女の子の手足も自由になったところで、私の両手の拘束も切ってもらった。

「立てる?申し訳ないけど、もう少しがんばろう。」

隣の部屋にいたもう一人の子を解放し、三人で部屋を出た。堪えているけれどもう一人の子も今にも泣き出しそうだ。ヒックヒックと泣き止まない子の肩を二人で支え、外へと出てから振り向いて改めて建物の外観を見る。なんとなく既視感のある雰囲気で気付いてはいたが、やはりここは潰れたラブホテルのようだ。
そのまま奴の車と思われるところへ行き、先程のキーケースについていた鍵を使って車を開ける。二人には後部座席に座るよう伝え、私はバックドアを開けた。個性を使って見た通りそこには3つのカバンがあり、その中の1つから自分のスマホを取り出す。ご丁寧にも電源が落とされているようで、ため息をついてから電源を入れた。
起動した画面に表示された時刻は19時過ぎだった。そろそろ母親から連絡が来るかもしれないと一瞬焦るが、よく見るとそもそも圏外だ。これじゃあ連絡どころか地図アプリも開けないな。ひとまず下山するしかない。もう一度ため息をついて、再び電源を落としてバックドアを閉める。

「…よし。」

シャツを胸の前でしっかり重ね合わせ、腰に巻いていたジャケットをきつく結び直した。
運転席に乗り込み、エンジンをかける。車にはナビが搭載されており、ホッとしてまずは現在地を確認した。ここは山奥の国道沿いらしい。一応県内ではあるが歩いて帰れる距離なんかではなく、おそらく車でも2時間以上はかかるだろう。

「(…やっぱ、やるしかないか。)」

少し覚悟はしていたが、いざそうなると緊張で心臓がバクバクして来た。止まらなくなった手汗をスカートで拭い、深呼吸をする。ルームミラーを調節すると、戸惑うような顔をした女の子と目が合った。そりゃそうだ。同じ年くらいの子が運転席に来てエンジンをかけたら不安にもなる。私もできれば避けたかったが、ここから早く立ち去り助けを求めるためにはこの方法が手っ取り早い。

「シートベルト締めて。」
「えっ。」
「ここは圏外だし、あいつは今寝てるけどいつか起きて来るかも。ヒーローを待つより、自分たちで下山した方が早い。」

自分もシートベルトを締めてから、ほら今ここ、とナビを拡大させて見せる。歩いて行動できるような場所じゃないことは理解してもらえただろう。そのままここを地点登録して、ふと指を止める。

「ケガとかしてない?大丈夫?」
「…ケガとかはしてない。」
「あたしも、捕まってあそこで寝かされてただけ…。」
「ならよかった。」

じゃあ病院じゃなくて最寄りの警察署に向かうか、と今度は目的地を設定する。それから車内の電気をつけてハンドル周りや足元のペダルを確認した。…うん、私が知っているのと変わりない。今のところ天気も悪くないし、これならいけるかもしれない。

「(ごめんなさい神様仏様、今から悪いことをします。今回だけ許して下さい。)」

ライトをつけて、後ろの二人がシートベルトを締めたのを確認してからブレーキを踏み込む。小さく深呼吸をしてからギアを動かし、ゆっくりブレーキペダルから足を離した。久しぶりの運転だ…いつぶりだろう。
潰れたラブホテルの敷地内から出て国道を走り始めると、見る見るうちに小さくなって見えなくなった建物に少しホッとした。アイツの個性は尻尾くらいだと思うから起きても追いつかれたりはしないだろう。道路状況も今のところ悪くない。先程マップを見た様子だと山の中だからそれなりにカーブはあるが、動物の飛び出しとかに気をつけて運転すればどうにかなるだろう。慣れた様子で操作をしている手足に、まったく違う体なのにと不思議な感覚を覚えた。
いや、気を引き締めなければ。私が今運転しているのは簡単に人を殺せる鉄の塊なんだから。

「…あの。」

後ろから声が聞こえた。私だろうか。ルームミラーで後ろを見ると、一人が体をずらしてミラーに映り込んでいる。泣かないように耐えていた子だ。

「なんか、呼吸苦しそうですけど大丈夫ですか。」

投げかけられた質問にドキッとしたが、それを悟らせないようすぐに笑顔を作る。

「大丈夫だよ。」
「でも、」
「ごめん。けどまずくなったら事故る前に休憩するから。ごめんね。ありがとう。」

そう言って口を閉じた私に、女の子たちも何も言わなくなった。
怒られる覚悟だったのに…、優しい子たちだ。髪型や背格好は似ているけれど私とは大違い。そうか、見た目が少し似ているからアイツに間違われてしまったんだろうな。

「(もう少し…もう少しだけ耐えろ。)」

背筋を伸ばして目を大きく見開き、深く深呼吸をする。無意識に強く握っていたハンドルから力を抜いた。痛み続ける頭に知らないフリをして、真っ暗な峠道を車で走った。










適当なコンビニの駐車場に入り、端の方に車を停めた。ミラーで後ろを見ると、二人は眠っていて、リラックスしてくれていたことに安心した。

「着いたよ。起きて。」
「…ん、うん…?」
「…ねてた…。」

少し寝惚けた様子の二人にクスッと笑い、周りに人がいないことを確認してから運転席を降りる。バックドアを開けて自分のバッグを肩に下げ、残りの2つを持って後部座席を開ける。

「はい。これあなたたちのだよね?」
「あ!それあたしの!」
「私のもある…よかった…。」

寝ぼけ眼から一転、カバンを目にした二人はしっかり覚醒して自分たちのカバンからスマホを取り出し電源を入れている。元気そうでよかった。ここまで来ればもう大丈夫だろう。すぐに渡さなかったのは下手に連絡をとられると困るからだったが、とくに私を責める様子もなかったので黙っておく。

「それじゃあ私は行くね。」
「えっ。」
「あなたたちは近くの警察か、あるいはそこのコンビニ店員に助けを求めて下さい。監禁されていたあの建物は車のナビで出発地点になっているし地点登録もしてあるからそれを警察に説明すれば大丈夫。犯人もそこにいると伝えて、申し訳ないけどできるだけ早く。」

エンジンは切っていないのでまだナビはそのままだし、切ったとしても履歴が残っているし地点登録もしておいた。アイツのことはガムテープなどで固定して来たし単独犯のようなので大丈夫かとは思うが、万が一に備えて早めに通報した方がいい。

「じゃあ、」
「ちょ、ちょっと待って!」

言いたいことを言い切ったので車から離れようとすると、女の子が手を伸ばし私のカバンを掴んだ。思ったより力強いそれにぐらりと体が傾きバランスを崩す。車に手をついてどうにか転倒を避けると、女の子は「ご、ごめん!」とぱっと手を離して慌てていた。大丈夫だと伝えてカバンを抱え直すと、女の子は少し言いづらそうな顔をしながら目線を下げて口を開く。

「だって…その服、アイツにやられたんだよね?」

それ、と指を刺されたのは私のお腹あたり。服が乱れていたかと焦りサッと手で隠したが、多少腰のジャケットは結び目が緩んでいたもののシャツはしっかり重なったままだった。それでもシャツのボタンが数個なくなっていることは明らかで、確かに異常な格好だ。
彼女は私自身も警察に行くべきだと言いたいのだろう。それについては私もよくわかる。恐らく私がこの中では一番の被害者だ。そして今後私のような被害者を出さないためにも、私が警察に被害を申し出ることでより重い罰を受けてもらうべきだ。
私が警察に行かないということは、奴が私にしたことは誰にも裁かれないかもしれないということ。奴が自白するかどうかわからないし、自白したとしても証拠がなければ罪にはならないかもしれない。
それでも私が警察に行けない理由がある。



「……あー、まずいんだよね、警察行くと。」
「…え?」

女の子が、ぽかんと口を開けた。
バレると私が罪に問われそう、というか絶対問われるのだ。気を失わせるまで人の首締めたり無免許運転したり好き放題やらかしまくっている。元はと言えばアイツのせいなのだが、そうだとしても正当防衛の域を超えていると自分でも思う。後悔も反省もしていないが、下手すればアイツより罪が重くなるかもしれない。捕まったことはないし法律も勉強したことないから基準がわからないが、わからないからこそここからは慎重に動かなければならない。警察にお世話になるだなんて、一番お母さんに迷惑をかけそうなことできるわけがない。
そりゃあアイツには捕まって重い罰を受けてもらって反省してほしいが、そもそも人間がそんな簡単に変わらないことを知っている。それに、好き放題やらせてもらったおかげで“間接的に直接”怒りやストレスを奴にぶつけることができて割とスッキリしている。

「まあまあとりあえず私のことは気にしないで。それより、二人に警察への証言とかいろいろ面倒なこと任せてしまうことになってごめんね。」
「あっいや、それは…、」
「大丈夫。こっちのことも気にしないで。」

隣で様子を見ていただけだったもう一人の子が、声をかけて来た。

「勇気の要ることだから、覚悟ができたらでいいと思います。」
「わっ優しい…ありがとう。」

この子は車内でも大丈夫かと聞いてきたが、追求して来なかった子だ。何度も気を遣わせてしまって申し訳ない。そして彼女が、性暴力の被害者の心情を察していることに不安な気持ちを覚えた。

「えーと…私過去にも同じようなこと?起きたことあるから、それなりに抵抗して仕返ししちゃったし、泣き寝入りとかじゃないからそこだけは安心して。」

だってそれは誰もが知るべきでありつつも、体験するべきではない心情だ。彼女も過去に被害に遭ったことがあるのではないかと少し悲しくなってしまった。私は前の世界で多少の性経験はあるし、残念ながら襲われてしまったこともある。それなりに経験があって覚悟も諦めもあるが、この子たちは違う。まだ若く、純粋で綺麗で、守られるべき存在だ。私の思い違いで、ただ優しくて理解力があるだけならいいのだけれど…。
どうにか安心させられないかな、という気持ちから言わなくてもよかったかもしれないことを言ってしまった。案の定二人は驚いた顔をして、何と言ったらいいかわからないのか戸惑った様子だ。しかしすぐにまた「仕返ししてたならよかった。」と空気を読んで笑ってくれて、警察に行く気が私にはまったくないことを悟った心配してくれた子も「…うん、私たちに任せて。」と微笑んでくれた。本当に申し訳ない。

「心配してくれてありがとう。いろいろごめん。」
「謝らないで。こちらこそ、助けてくれてありがとう。」

助けただなんてとんでもない、私はただアイツから彼女たちを引き離しただけで、あとのことは任せてしまうのに。
かっこよく登場して、痛めつけることなく犯人を捕まえて、もう大丈夫だと笑って、助けに来たよと安心させて、安全な場所まで送り届けて、警察に犯人を突き出して、捜査に協力して、みんなが平和に暮らせる世の中を作る。
それが本当の意味での助けるということで、二人の力強い眼差しについ甘え肝心なところで逃げてしまうような私のヒーローごっこなんかでそんな言葉は使ってはいけないのだ。










「…はあっ、はあっ、はあっ…!」

痛みと吐き気と気持ち悪さで、目の前がチカチカする。彼女らの前ではどうにか隠し通したけれどもう限界だった。ガクガクと震える膝にどうにか力を入れて、体を休められるところはないか街灯が照らす道で目を凝らす。



「…あの。」

聞こえた声にバッ!!と振り向くと、そこには見知らぬ女性が街灯に照らされて立っていた。私の勢いに圧倒されたようで驚いた表情を浮かべている。私もかなり気を張っていたので、女性だったことにほっとしながらも見知らぬ人のため少し身構えた。

「大丈夫ですか?」
「…大丈夫です、ご心配ありがとうございます。」

にこ、と笑顔を作り、前屈みになっていた体を起こして背筋を伸ばす。未だにガツンガツンとした痛みが頭に響いている。その優しさに感謝はしているが今はとにかく早く立ち去ってほしかった。

「…よかったら私の家に来ない?」
「、はい?」
「ていうか来て!お願い!具合が悪そうで気になって帰れないわ!実家だけどしばらく親いないから、まぁ弟はいるけど、とにかく大丈夫!布団もご飯もあるし、あっ身分証明書もあるから!はい!」
「………は、い。」

ばーーーっといろいろ言われ、名刺と身分証明書を押しつけられる。それを見ようと下を向くがくらりと揺れたので読むのをやめた。それより、私を上回る勢いの良さに思わず圧倒され警戒心が薄れてしまった。

「何か困ってそうだから…力になりたいの。どこかに向かってるなら一旦うちに来て休んでいけばいいわ。私のためにも、よかったら来てくれない?」

必死な表情で助けることを懇願される。もう頭もとうの昔に働かなくなってしまったし、あてにしたことのない私の勘がついていっても問題ないと言っている気がした。



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