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「なんか急に先生たちバタバタしてるね。」
「どうしたんだろう…、急に自習になったし。」
「おい、苗字来てねーぞ。」
「あーなんかね、体調悪いって昼休み始まってすぐに保健室行ったよ。戻って来ないかも。」

「え、自習?よかったー。」
「名前!大丈夫?」
「大丈夫、むしろ保健室から来る時迷って、やばい授業遅刻するって思ってたんだけど…先生たちいないね。」
「うん、自習になったよ。何かあったみたい。」
「へー…何だろうね。」
「体調悪いなら保健室戻って寝てたら?」
「んー、いや、もう大丈夫!」










結局その時間は担当教科の先生は戻って来ず、他の先生が次の授業も自習となることを伝えに来た。しばらくしてから担任が来て、これ以降午後の授業はすべて中止、生徒は即刻帰宅するよう指示があった。もちろん部活動も停止。そして明日は臨時休校という連絡まで。
聞けば他クラスの授業中にヴィランが現れたのだという。突然の事件にクラスのみんなも衝撃を受け、一体どの学年のどのクラスなのかとザワザワしたが、恐らく全然戻って来ていない1年A組だろうという結論に落ち着いた。

「なんかやばくない?」
「雄英ってセキュリティとかしっかりしてるんじゃないの?」
「そうだと思うけど…。」

聞こえてくるパトカーのサイレンや忙しない教師陣に、クラスメイトたちも不安そうな顔をする。そりゃそうだ、ついこの間まで中学生だったのにこんな身近で事件が起こるなんて。
恐らく、例の事件が本当に起こったのだろう。相澤先生は無事だろうか。原作では命に別状はなかったし、私も積極的に介入しなかったため大丈夫だとは思うが…。

「名前、途中まで一緒に帰ろう。」
「うん、…エッ??!!」
「何?!」
「どうした?」
「あっいやっ、ちょ、電話が…ちょっと待って…。」

途中まで同じ方向のクラスの子たちと帰ろうとしたところ、カバンの中でスマホのバイブが鳴った。すぐに止まらなかったため電話か、と思い取り出したところそれはとんでもない人からの着信だった。ドキドキしながら通話を押す。

「…も、もしも」
《遅ェんだよ!!さっさと出ろや!!》
「すみません。」

事件の渦中にいた、勝己君からだった。
クラスの子に右手でごめんと合図をして廊下に出る。帰宅しようとする生徒でいっぱいだが、A組はまだ戻って来ていないようだ。

「あの、大丈夫?怪我とかしてない?」
《あ…?なんで知ってんだ。》
「もう噂になってるよ。ヴィランが来て、多分1-Aだろうって。ねえ、大丈夫?」
《舐めんな何ともねーわ!!》
「よかった、無事なんだよね。」

確か大きな怪我をするのは相澤先生、オールマイト、そして恐らく個性をうまく使えない出久君の3人のみ。他のみんなはほぼ無傷だとわかってはいても、実際何が起こるのかわからないのがこの世界。とくに勝己君は超重要人物だから大丈夫だろうけれど、だからと言ってまったく心配がないわけではない。

《…チッ。おい、まだ帰んじゃねーぞ。》
「え?」
《教室で待ってろ。また電話する。》

ブチッ、と一方的に電話が切れた。
これは、一緒に帰るということだろうか…?

「ごめん、電話終わった。」
「いいよー、帰る?」
「あ、実は、他のクラスに近所の子がいて、電話くれて、一緒に帰ってくれるみたいで…。」
「へー!そっちの方安心だね。」
「気をつけて帰りなよ。」
「ありがとう、二人も気をつけてね。」

大変な事件があった後なのに、勝己君は私なんかと帰って大丈夫なのだろうか。確かに親に迎えに来てもらうような性格ではないが、いろいろあっただろうから一人でいたいと思いそうなものだが。



「帰らないの?」
「シッ…んそうくんこそ、帰らないの?」
「俺は今帰るとこ。」
「そう…私も今、友達待ってるとこ。」

授業の中止、明日の臨時休校について母親にポチポチとメッセージを打っていたところ、まだ残っていた心操君に声をかけられた。まさかこんな気軽に声をかけられるとは思わず、心臓が飛び跳ねた。
周りを見回すとまだ多くの他の生徒が教室に残っている。残っていること自体は珍しくはなさそうだが、私のように着席してスマホをいじっている子はさすがにいないようだ。

「もしかしてその友達ってA組?」
「えっ…まぁ…。よくわかったね。」
「はは、他のクラスの奴ならもう帰るだろ。」
「確かに。」

カバンを抱え直した心操君に「気をつけてね」と声をかけると「苗字さんも」と笑って手を振ってくれた。ハァ、クラスメイト心操君最高か…!
緩み切った顔を引き締めて、改めて母親に今日の晩ご飯は作るので何が食べたいかメッセージを送る。冷蔵庫に何入ってたかな。明日も休みだから買い物行かなきゃない気がするけど、学校でこんな事件があったら私一人じゃさすがに行けないだろうなぁ。誰かしらには危機感ないって怒られそう。

レシピアプリを開いてしばらく暇を潰していたところ、ブーッと勝己君からの着信画面へと切り替わった。今度こそ怒られないようにとすぐに通話を押す。

「もしもし。」
《今どこだ。》
「教室にいるよ。勝己君は?」
《廊下出ろ。》

カバンを持って廊下に出るとスマホを持っている勝己君がいた。目が合ったので、電話が切れていることを確認しスマホをカバンにしまう。制服姿の勝己君に目立った怪我はなさそうでホッとする。

「大丈夫?」
「何ともねーっつってんだろ。」
「その、出久君とかは?」
「…保健室行った。」
「…そうなんだ。」

やっぱり出久君は怪我したんだ。
玄関へ向かって歩き始めた勝己君の隣に並び、本当はみんなの安否を聞きたいけれどいろいろダメな理由があるので我慢をする。せめて、彼らだけでも。

「あの、梅雨ちゃんとか、切島君は?」
「他の奴らは教室で警察と話してる。」
「えっ勝己君は?!いいの?」
「俺はもう終わったからいーんだよ。」

驚いて立ち止まる私に対し、勝己君は何でもなさそうにスタスタ歩き続ける。いくらチンピラとは言え、犯罪者たちを相手に戦ったのだ。警察も関係者一人一人に話を聞くのだろう。

「私まだ待ってられるし、なんなら一人で帰れるよ。」
「テメーはまた…!危機感が足りねーんだよ!!」

後ろ姿に声をかけたらグリン!と目をつり上げて勝己君が振り向いた。気を遣ったつもりだったが、逆に勝己君に吠えられてしまった。
いいのだろうか。たかがモブの私が原作にも描かれた大事件の日に、勝己君ほどの人と一緒に帰れるなんて。

「オラ、帰んぞ。」

面倒くさそうな顔をしつつも立ち止まってこちらを振り返るその姿に、ぎゅうううんと全力でときめいて心臓が死んだ。白目剥くかと思った。

ここまでされるとわかってしまう。恐らく、いやきっと、勝己君は、たかがモブである私を一人の人間として認識している。そして、当たり前のように心配してくれている。
もしかして、近所の女子枠から出世して幼馴染くらいは名乗ってもいいんじゃないか…?さっき面倒だから心操君には友達って言ったけど。え、やばい、勝己君の幼馴染って特別感すごすぎ。出久君パワーか。

「どーした爆豪!こっちまで聞こえてんぞ!」
「あっ。」
「おっ苗字!」

後ろからかかる声に勝己君と二人で振り向くと、そこにはA組の教室から出てきた切島君がいた。
よー!と手を振る姿はヴィランに襲われたとは到底思えない明るさだ。まだ一度しか、しかも挨拶程度だというのに名前も覚えてくれている。あまりにも人が良い。
切島君は私と勝己君を見て少し不思議そうな顔をしたあと、あー!と納得したような声をあげて、「緑谷と同じってことは、爆豪とも同じ中学か!」と手を叩いていた。

「切島君、大丈夫だった?」
「ん?あぁ!知ってんのか、何ともねーぞ!」
「よかったー。」
「そう言っただろーが。」
「爆豪な、あっという間に相手も倒しちまって、真っ先に主犯格のヴィランにも向かって行って、すげー男らしかったぜ!!」
「え、すごい…!さすが!」
「チッ、黙ってろクソ髪!」

やはり切島君は勝己君と同じ場所に飛ばされて一緒に戦ったようだ。キレやすい勝己君と何でも受け入れて怒らない切島君の組み合わせ、この二人気が合いそうだなぁ。切島君のスルーせずに勝己君の言動を真摯に受け止めるところは男らしさなのだろう。私笑って誤魔化すことあるから見習わないと。
不意に切島君が、私と勝己君を見比べてうんうんと頷き始める。

「なるほどな、爆豪…。」
「は?」
「あんなことがあったら心配だよな!苗字と一緒に帰るために事情聴取も一番に終わらせるなんて、男の鑑だぜ!」

拳を握り、切島君が屈託のない笑みで勝己君に話しかける。内容が内容なだけに少しギョッとしたが、チラリと見た勝己君の眉間には深い皺が数本刻まれているのが見えた。照れたり全否定で逆ギレする様子はなく、めんどくせえが顔に滲み出ていた。

「アホか、たまたま最初に終わったんだ。こいつほっとくとババアがうるせーんだよ。」
「あ、私たち家が向かいで、勝己君のお母さんすごくよくしてくれてるの。」
「へー!じゃあかなり仲良いんだな。爆豪って昔からこんなんなのか?」
「こんなんって何だコラ!!」
「あはは、小さい頃から強くて優しくてかっこよかったよ。」
「やっぱりガキの頃から強かったのか!」
「あたりめーだろ!テメーらモブと一緒にすんな!」

キレる勝己君に動じない切島君を見て少し感動した。勝己君、本当に中学時代に比べて同級生からの扱われ方が違う。出久君もこんな感覚だったのかな。そういえば勝己君と1-Aの子が話しているのは初めて見たかもしれない。

「さっさと帰んぞ。」
「お、わりわり!じゃあ気ィ付けて帰れよ!」
「うん、切島君も!またね。」

これから雄英で、こうやって勝己君にとって気の許せる友達や仲間ができていくのだろう。そう思うと二人が眩しく見えた。うっ、尊い……。合掌は堪えた。










「すまなかった。」
「…オールマイト。」
「傷、痛むだろう。」
「生徒たちは緑谷以外無事だった。あなたが謝る必要はない。」

「…苗字少女が来てくれなかったらもっと遅れていたかもしれない。」
「苗字?」
「1年C組、普通科の生徒さ。私が校長の長話に捕まりかけた時、仮眠室に現れて校長を連れて行ってくれたんだ。正直助かったよ、ハハ。」
「…そうですか。」

「普通科の生徒、授業があるわけでもないのにご存知なんですね。」
「あっ、えっと、…実は苗字少女には、一年前のある事件で会ったことがあってね。」
「あぁ、そういう。」
「一緒にいたみど、…友人を助けるためにヴィランに立ち向かっていった勇敢な少女なんだが、その、立ち向かい方が真っ直ぐヴィランの目を狙っていてね。」
「……。」
「躊躇いのなさに印象的で、最早危うさすら感じて、…雄英にいて正直驚いたが、普通科志望で少しホッとしたよ。」
「…それは、」

「なんてね!明るくて優しいいい子だったよ!気にしないでくれ。」
「…はい。注意して見ておきます。」
「あれっ?!気にしないでって今言ったよね?」
「“何かあるかもしれない“というあなたの勘は当たりそうですからね。」
「…相澤君には敵わないな。」



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