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意識が浮上する。瞼をそっと開く。
遠くから聞こえる誰かの声に、自分は今“体”を通して世界を見ているのだと確認し、凝り固まった体をゆっくりと伸ばした。
個性を解いた瞬間は夢から醒める感覚に似ている。だから、さっきまで私が見ていたものもすべて私の夢だったんじゃないかと思う。そして答え合わせをすれば合っているから、やはり自分はこの世界の現実を見ていたのだと少しドキドキする。もしかしたらすべてが私の長い長い夢だという可能性も、まだ捨てきれていないが。
ある程度体をほぐしてから、さっきまで見ていた光景を思い出す。





***





帰りのHRが終わった。待ちに待った放課後だ!
荷物を持ち廊下に飛び出せば1年A組の教室はまだ静かで、期待に胸を膨らませながら食堂近くのトイレへと向かう。教室近くのトイレで何十分も籠るのはさすがにマズイから、少し遠いが人気の少なそうなところを選んだのだ。
予想通り放課後に食堂へ来る生徒はほぼいない。自販機に飲み物を買いに来ている生徒がちらほらいる程度だ。すまし顔でトイレに入り、誰もいないことを確認する。一番奥の個室で鍵をかけ、しゃがんで壁に体重を預ける。目を瞑って個性を発動した。

次に目を開ければ既に何も音は聞こえなくなった。振り返って自分の体を確かめる。うん、床に倒れたりはしていない。大きな衝撃か何かがない限りはバランスを崩すこともなさそうだ。
私の個性は、実はまだ使用するにはリスクが高い。幽体離脱している間に自分の体に何かあったとしても、それがわかるかどうかすら不明だからだ。もし個性を発動している間に刺されたり殴られたりしたらどうなってしまうんだろう。今度痛くない程度に誰かに協力してもらって試さなければならないな。

ひとまず今は1-Aの授業だ。すでに雄英の敷地内の地図は頭に叩き込んで、授業をやる場所も目星はつけてある。確かグラウンドって言ってたんだよなー。まさか入学して2日目に行われるなんて、10年も経ってすっかり忘れていた。
仕事が早い昨日の自分を褒めつつ、校舎の壁も下校中の生徒もどんどんすり抜けていく。本気出せばけっこう速く進めるものだな。訓練すれば足が速くなるみたいにもっと速くなるかな?これも要確認事項だ。

『…!いた!』

遠くに見える集団。恐らく私が会いたくて会いたくて仕方がなかった1-Aのみんなだろう。会いたかったよ…!!
近づいていくとぐんぐんクリアになっていくみんなの表情。ちょうど授業が終わった様子で、校舎に向かってみんなが笑顔で歩いている。担当教師であるはずのオールマイトはいない。活動限界が来て慌てて帰ったのかもしれない。

『ウ…ヤバ…みんないる…!』

マジでみんないる。今朝話した梅雨ちゃん、耳郎ちゃん、麗日さん、ヤオモモ、三奈ちゃん、あっあの手袋は透ちゃんかな?!飯田君、上鳴君、峰田君、尾白君、砂藤君、青山君、切島君、瀬呂君、轟君、常闇君、口田君、障子君、
そして入学して初の!!勝己君!!めちゃくちゃ暗い顔してる…。出久君は保健室に運ばれたのかな?姿は見えない。
うわーーーみんなはしゃいじゃってかわいい…初めての戦闘訓練、わくわくしただろうな…。ていうか中学まで戦ったことなんてないよね?入試然りみんな戦闘センス良すぎでしょ。だからあの凄まじい倍率の中合格できるのか…。
私のクラスメイトたちが越えなければならない壁はとても高そうなことを実感しつつ、勝己君の隣を歩く。口は固く閉ざされ、どこを見ているのかわからない視線は恐らく先程までの授業を思い出しているからなのだろう。この世の終わりとまでは言わないが、絶望に近いものを感じる表情だ。こんな顔の勝己君、見たことない。雄英に来て早速世界が広がったようだ。
けれど私知ってるから!普通に勝己君めちゃくちゃ強いからね!勝己君の精神力の強さはもはや異常だから!私が心配するまでもないから大丈夫!

『不謹慎だけど落ち込み勝己君ゲキカワ…。』

このあと目に涙浮かべて出久君に決意を叫ぶの?どうにかして録画できねーか?無理だよねわかってる。
子供の成長を撮っておくように、推しの成長も記録していきたいものだ。この目と脳に焼き付けるしかない。

その後みんなは着替えるために更衣室へ入って行った。着替えはさすがに見ちゃだめなので、更衣室前の前で待つ。
一番最初に出てきたのは飯田君だった。早い。早いけどキッチリ整っている。続けて常闇君や尾白君など残りのメンバーも更衣室から出てきて、その中にいつもより硬い表情の勝己君を見つけた。女子更衣室の扉に貼り付こうとする峰田君を強制的に連れて行く障子君には笑ってしまった。
男子がほぼ着替え終わり、最後に青山君が出てくる頃女子メンバーも出てくる。うわ〜、きっと制汗剤とか汗拭きシートで女子っぽいいい匂いがするんだろうな…。嗅ぐことのできない香りを想像しながら1-Aの教室に一緒へ向かう。

『キャアアアア相澤先生!!!!』

自分の変態ぶりを改めて自覚していた私を待っていたのは昨年ぶりの相澤先生だった。『お久しぶりですー!その節はありがとうございました!』 私の声は届かないし相手の声も一切聞こえないけれど挨拶せずにはいられない。
全員が席に着いたのを確認した相澤先生はHRを始める。相変わらず無気力そうだ。昨年出会った時は髪を後ろでまとめていたので、実は髪を下ろしているのを見るのは初めてだ。
ハァ、イイ…。1-Aのみんなって、こうして毎日相澤先生の顔面眺めてあの激エロボイスを聞くことができるんだよね…?めちゃくちゃ羨ましいような、耐えられないような…。
必要事項を伝え終えたらしく、相澤先生が持って来ていた書類をまとめる。相澤先生が教室を出た瞬間、みんなが立ち上がりそれぞれ話し始めた。どうやら先程まで行われていた戦闘訓練の反省会が始まったようだ。
勝ち負けだってあったはずなのに、話しているみんなはとても嬉しそう。希望に満ち溢れた笑顔、超かわいい!!
そんなみんなのキラキラした笑顔を眺めていたいところだが、今日の一番の目的は最推しの泣き顔なのだ…。さっさと荷物をまとめ帰り支度をする勝己君を引き止めようとみんなが話しかけるけれども、一切振り向くことなく教室を出て行ってしまった。とりあえず私もついていこう。
勝己君は、チラリとどこかを見て、少ししてから教室をあとにする。その方向を私も見てみるが、とくに何もない廊下が続いているだけだ。あ、うちの教室の前で立ち話しているのはクラスメイトたちだ。私が言うのもなんだが、まだ帰ってなかったんだな。

とうとう外まで勝己君が出てしまった。出久君、起きたかなー。帰っちゃう前にここまで来てくれるかな。
出久君に負けたというショックと二度と誰にも負けないという強い向上心の狭間で、整理し切れない現実と感情に押し潰されそうな勝己君を救い出せるのは出久君だけだ。彼でなければ勝己君を動かすことはできない。
オロオロしながら校舎を見ていると、慌てた様子で出久君が現れた。間に合ったー!そして始まった!!
少し俯きながらも勝己君へ話し始めるその横顔は、一年前に比べるととても凛々しくなっている。吊るされている右腕や包帯だらけの左腕が痛々しいけれど…。こんな痛い思いしてるのによくビビらないで戦えるものだ。私ならトラウマになってしまうと思う。見ず知らずの人を、自分を犠牲にして助けるのだからやはり並大抵の覚悟じゃヒーローになんてなれないとわかる。相澤先生のエロボイスを毎日聞く資格など私にはない。
一通り話し終えたらしい出久君の顔が緩んだ途端、勝己君がフラリと出久君へ向き合う。勝己君が話し始めた。悔しそうに前髪を掴んで、抑えきれないように叫ぶ言葉は聞こえないはずなのに頭の中へと流れてくる。10年経っても覚えてることもあるものだ。
そしてバッと出久君へ向けたその顔には、悔しさと揺るぎない決意と、

『(ギャーーー!!!!な、涙!!!勝己君のあの美しい赤い瞳がう、潤んでる!!!!これこれ!!これを見たかったの!!!!勝己君の泣き顔!!!!)』

よっぽど悔しかったんだよね…生まれて来てから自尊心の塊で、ずっと見下していた出久君に負けてしまったんだもんね…雄英に来て世界が広がったんだもんね…。はぁ、負けず嫌い勝己君かわいすぎ…これからも二人で切磋琢磨してがんばってほしい…。
突如オールマイトが登場した。勝己君へフォローしようとするが、一刀両断されたところをしっかり見届けてから個性を解いた。ウフフ、オールマイトおもしろい。





***





ずっとしゃがんでいたこともあり足が痺れているためまだ動けない。ジリジリとした血の流れに耐えながら、心の中で叫んだ。

雄英来てよかった!!
雄英最高!!
これからもめっちゃ個性使ってこ!!

足の痺れも治りようやくトイレから出た私はルンルンという音がつきそうなほど浮かれている。にやけそうになる頬をおさえながら教室へと向かうと、個性を使いながら見かけたクラスメイトたちはまだ廊下で立ち話をしていた。まだ話したことのない子たちではあったが、気分が良かったため帰る際にまた明日、と挨拶をしてみる。すると当たり前のようにまたなーと明るく返してくれた。うっめっちゃいい子…!絶対ヒーローになろうな!

「名前ちゃん…?」
「ハッ出久君…!?」

いいいい出久君だ??!!
すごい、先程まで眺めていた人が自分に話しかけてくれるなんて、まるで芸能人に会ったような気分だ…。いや、芸能人のような存在で間違いないのだが。
芸能人のような存在だとしても一応小さい頃から知っているので、おこがましいけれどついつい話しかけたくなってしまう。本当は事情をわかっているが、いろいろ言いたいことはある。

「そ、その怪我大丈夫?!」
「あっうん、大丈夫だよ。」
「全然大丈夫じゃなさそうだけど…ヒーロー科って大変だね、まだ入学して2日目なのに…。」

これからも体を犠牲にしてたくさんの人を救って行くのだろう。うう、すごい。尊敬しちゃう。私の言葉を聞いた出久君は、少し難しいそうな顔をした。

「違うんだ…、僕がうまく、個性を使いこなせないから…。」
「…そっか。」
「…だけどいつか絶対に使いこなして、オールマイトのようなヒーローになってみせる。」

あぁーーーー!!!!!
絶対なれる!!なれるから!!

「…ご、ごめん急に、」
「ううん!出久君なら絶対なれるよ!今から楽しみ!」
「…うん!ありがとう!」

ふにゃりとはしていない。力強い笑顔だ。最高のヒーローになるところ見れるんだ〜!最高〜!!

「ところで、名前ちゃんも雄英だったんだね!合格発表の時、先生から教えてもらった時びっくりしたよ!てっきりT高かと…。」
「あ…そっか。進路変えたの話してなかったよね。実は雄英の普通科にしたの。話してなくてごめん…。」
「えっ全然気にしなくて大丈夫だよ!お互い受験勉強で忙しかったし!同じ学校に通えて僕も嬉しいよ。」
「ありがとう…。3人とも、無事に受かってよかったよね。」

3人、のところで出久君が少し苦笑いに変わった。今日のやりとりを思い出したのだろうか。今のところ出久君は言ってないけど、この怪我全部勝己君と戦った結果だもんなー。

「雄英って広くて、出久君にもやっと会えたよ。勝己君に会った?」
「会ったというか…今、A組で同じクラスで、席も前後なんだ…。かっちゃんから聞いてない?よね…。」
「嘘!やば!聞いてない、忙しいかと思ってしばらく勝己君と会ってないんだ。また何か理不尽なことされたら言ってね。」
「あはは、ありがとう…。名前ちゃんは何組になったの?」
「私はC組だったよ。隣の隣だね。」
「そっかぁ。お互いがんばろうね。」
「うん!」

がんばる、がんばるよ…!出久君たちを陰ながら応援し続けるよ!!

「出久君は今帰るとこ?」
「ううん、今教室で、みんなで反省会してるんだ。」
「えーいいね!すごい!がんばってね!」

反省会はまだ続いていたようだ。邪魔しないようそろそろ帰ることにするか。少し名残惜しいがじゃあ、と出久君と別れようとした時、彼の後ろから現れた男の子にギョッとした。

「緑谷ー、っと、ワリ!話してたのか!」
「切島君!」
「(ギャーーーー!!切島君じゃん!!)」

盛りだくさん過ぎる!!今日はもう朝に梅雨ちゃんに会ってさっき勝己君の泣き顔見て、胸がいっぱいですよ!!

「緑谷の友達?」
「うん、同じ中学だった苗字名前ちゃんだよ。」
「俺、切島鋭児郎!緑谷と同じA組だ!よろしくな!」
「C組です、よろしくおねがいします…。」

ひえぇかっこよ…。そうか、反省会してるってことは、すぐそこにみんないるのか…!さっきまでは音無しで1-Aのみんなを眺めるだけだったからテレビを見ている感覚だったけれど、目の前に現れて話しかけられるとめちゃくちゃ緊張するし興奮する…!

「じ、じゃあ私帰るところだったから、またね!反省会がんばって!」
「あ、うん、またね!」
「またなー!」

頭が!爆発!する!!これ在学中に本当に知ってるみんなと会って話しちゃうんじゃないの?!今日帰ったら全部イメトレして明日からの雄英生活に備えなければ…浮かれて勉強どころじゃなくなる…。ちゃんと勉強して卒業して就職して自分でお金を稼いでヒーローになったみんなを合法的に推すことが将来の目標なのだから、それを達成するために正しく生きなければ…。



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