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「むり。」


頭を抱えて呟く。「しぬ。しんだ。」 そう、もはや死んでいる。脳みそは働かないし心臓は正常に動いていないし呼吸はままならない。ここは天国かあるいは極楽浄土だと、そう確信している。

国立雄英高等学校。私はその一年女子トイレの個室で力尽きていた。まだ入学して2日目の朝のことである。

何故こんなことになっているのかと言うと、それは私が先程天使を見たからだ。正確には天使“達”。天使が天使と微笑み合い楽しそうに会話をしていたのを見たのだ。あまりの神々しさに一瞬幻を見ているのでは?と思ったが多分あれは本物。
いつまでも余韻に浸っていたいところではあるが、トイレから出なければ遅刻しかねない。水を流すレバーに手をかけたが、確かトイレの外には誰もいなかったはず、とカモフラージュより節水を優先した。

ハァーーしんど、あれ絶対三奈ちゃんと耳郎ちゃんだったよな…。この学校大きすぎて1日目の昨日は一切何事もなく終わったけれど、今日とうとう出会ってしまった。実は、勝己君と出久君にもまだ会っていないのに。見かけただけでこれじゃあ目が合って会話した日には血でも吐くんじゃないだろうか。

個室から出ると梅雨ちゃんがいた。

「??!??!」
「…アラ。」

な、何故梅雨ちゃんが!!!???
大きな瞳にぺろっと出てる舌、艶のある深緑色の髪を持つ目の前の女の子は間違いなく1年A組ヒーロー科、蛙吹梅雨ちゃんだ。
個室から出た瞬間、鏡越しに目が合い思いっきり固まってしまった。ここは一年の女子トイレだからいてもおかしくはない。おかしくはないのだが、突然の梅雨ちゃんに動揺を隠せなかった。
は、と我に返り、目が合ってしまったからには無視はよくないだろうと慌てて愛想笑いをする。や、やべぇー早く出よう!!この至近距離はまだ覚悟できてないよ!!いそいそと隣で手で洗いながら、あれ?と気付く。私、さっき水流してないな?!

「大丈夫?」

何も排泄してないし何なら便器の蓋も開けてないけれど、他の人からしたら流水音していないのに個室から出たと思われるかもしれない!どうしよう今から流しに行く?けれど気付いてないかもしれない、梅雨ちゃんに気付かれたくない、排泄物流し忘れてると思われたくない!!

「あなた。」
「エッアッ?!」
「体調は大丈夫?」
「…え、と?」
「違ったかしら。さっき口元を押さえてトイレに駆け込んだから、具合がよくないのかと思ったのだけど。」

梅雨ちゃんが人差し指を口元に添えて首を傾げる。
アッアアァァアアアそれっ、それ私見たことある…!!本当にそういう仕草してる…!!リアル梅雨ちゃんだマジヤバい…。興奮と緊張で心臓がバクバクと鳴り止まなくなった。私今吐血してない?大丈夫?

「無理そうなら保健室に行きましょう。」
「………だい、じょうぶ、です。」
「全然大丈夫に見えないわ。」

おっしゃる通り全然大丈夫ではない。血は吐いてなさそうだけど気を抜けばヨダレが垂れて来そうだ。その方がいけない気がする。
気合いを入れろ自分。余計な心配かけさせるな。深呼吸したいのを我慢して、笑顔を作る。

「あ、憧れの雄英に来たから、緊張してるんだと思う!大丈夫だよ。」
「…そう?少しでも辛いなら、すぐ先生に言った方がいいわ。」
「うん!ありがとう。あの、もしかしてヒーロー科?」
「えぇ。」
「やっぱり!心配してくれてありがとう、とっても素敵なヒーローになれるね。」
「ケロ…ありがとう。」

ケロ!!!!!!!!
いただきました!!!!!!!!!
もしかしなくても梅雨ちゃんちょっと照れてない?ほっぺ赤い、かわいい、アカンアカンアカン頭熱くなって来たこれ鼻血出てない?私顔おかしくなってない?

「私、蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで。」
「……つ、つゆ、ちゃん。」
「あなたは?」
「え、わ、わたしは苗字名前、です、お好きなようにお呼び下さい、」
「名前ちゃんね。」
「…………C組の普通科です。」
「私はA組よ。嬉しいわ、お友達が増えて。」
「私も嬉しいです!!」
「さっきから急に敬語なのね。」

入学して2日目の朝のことである。










梅雨ちゃん(本人公認)にお伝えした通り、私はC組だった。クラスのほとんどが残念ながらヒーロー科に合格できなかった子たちで、新生活・新一年生にも関わらず教室はピリついた雰囲気が漂っている。子供なのにこんな殺伐と…!しているなんて…!まぁ確かに滑り止めに通っている上、隣のクラスは第一志望である。嫌にもなるな。
みんな、ここからがんばろうな…!!応援してるから!!

「(朝から疲れた…。)」

幸せ疲れだが。本人公認梅雨ちゃん呼びは光栄すぎる。次会ったらきっと挨拶してもいいんだもんね、だって友達だもん、いいよね…!

そしてC組といえば忘れてはいけないのが彼である。現在ゴソゴソと授業の準備をしている彼とはまだ話していないし顔も合わせていない。が、ありがたいことに私の席は黒板を見るフリして後ろからガン見できる席だった。いやーこれは授業に集中できないかもしれないな。
クラスメイトになってしまったし、いつかは顔を合わせて話す日が来るのだろう…。今朝みたいなことにならないよう覚悟を決めておかねばならない。

「(そのためにもまずは勉強がんばろう、気抜いたら追いつけなくなる…。)」
「ヒーロー科、午後からオールマイトの授業なんだって!」
「マジかよ!いいなぁー。」
「本当?!」

教科書を読んである程度予習しようと思っていたが、急に横から聞こえてきた会話に思わず反応してしまった。急に話しかけられたクラスメイトたちはびっくりした顔をしつつも、頷いてくれる。
午後からオールマイトの授業。入学して最初のオールマイトの授業は確か、デクとかっちゃんがチーム戦だけど直接やり合っていた。そしてかっちゃんもヒーロー科のみんなを見て、いろいろ感じるあの授業…。入学2日目で?そんなに早かった?ヴィランはもちろん待ってくれないけど、雄英も私を待ってくれないな!

「他のクラスの奴が言ってたの、聞いただけなんだけどな。」
「そうなんだ…。」
「うらやましいよな、プロヒーローに教えてもらえるなんてよ。」
「クソ、俺も受かってりゃ今頃オールマイトの授業受けられたのに…。」
「俺のこの個性も、十分ヒーロー向きなんだけどなー!」
「お、スゲェじゃん!」

そして話題は互いの個性の話へと変わり、クラスメイトたちは周りにはバレないようこっそり個性を披露し始めた。この話題には加わる必要はないだろうと今度こそ教科書を開く。
今日の午後、ヒーロー科の授業は何時までかかるのだろう。めちゃくちゃ見に行きたいが、私も入学2日目にして授業をサボるわけにはいかない。せめてあの放課後のデクとかっちゃんのやり取りだけでも拝みたい。
だって確かあれ、かっちゃん目に涙浮かべてたよな…?勝己君の泣き顔、拝めるってことだよな…?!
別にこれは弱みを握りたいとかそういうことではない。言うなればこれは、私の趣味嗜好、性癖。ごめんなさい、勝己君。でも推しの悔し泣きなんてみんな大好物でしょ??
授業終わったらすぐにトイレの個室にでも入って個性使って様子を見に行こう。個性の使用は基本禁止?大丈夫大丈夫、私の個性は使ってても見た目はただ寝てるだけだし、相澤先生に抹消されて目を覚ますところを見られない限り使用は絶対にバレない。なんてったって幽体だからね!誰にも見られない!あ、この学校、相澤先生もいるんだった…。昨年ぶりの相澤先生、めっちゃ楽しみ…。

「苗字、だっけ?」
「はっ。」
「お前の個性は?」

名前を呼ばれ振り向くと、先程のクラスメイトたちが互いの個性紹介に満足したらしく私にも話を振ってきた。

私の個性。中学では公言を控えていたが、さすがに雄英では普通に話していいのだろうか。
中学時代の同級生たちは精神的に未熟な子が多かった。無駄ないざこざは避けたかったので、いじられそうなこの個性は話さないようにしていた。それはそれで無個性といじられかけたが。
ここ雄英は、中学の時とは違う。ヒーロー職に憧れる子たちが集まっているから、個性をいじられることもないだろう。心操君だって体育祭ではみんなにたたえられていた。心配事があるとすれば、公言することによって私の個性使用が周りにバレてしまわないか、ということくらいか。雄英では優等生を目指しつつ適度に個性を使用して推しを愛でる高校生活を目指していたから…。
話したくらいじゃ、さすがにバレないかな?みんなの前で堂々と使うわけではないし、クラスメイトの質問に答えるくらい大丈夫かもしれない。

「…私は、」
キーンコーンカーンコーン

話そうとした途端チャイムが鳴った。すぐに先生が入って来たので、みんな慌てて席に戻り授業の準備を始める。た、助かった?公言しないに越したことはない。またその内聞かれることはあるかもしれないけど、とりあえず今日の放課後の予定がバレることはなさそうだ。
授業を始めた先生を見るフリをして心操君の背中を見つめる。心操君、みんなに個性を教えたのいつなんだろう。体育祭の時かな?それとも、クラスメイトにはその前から教えてるのかな?みんなヒーロー科を目指してる向上心から少し殺気立ってるだけで、本当はとてもいい子たちなんだよな。個性、教えてもいいかもと思える。でも私出久君にすら教えてないから、先に出久君に教えたい気持ちはある。

とりあえず早く今日の授業すべて終わらないかな…!!



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