甘い言葉も口付けも何もいらない、ただ、あなたと過ごす日々だけがほしい。






『ワリィ、しばらく非番もねえから、会うのも無理だ』
「…わかりました」

 しばらく会っていないと思い、今度いつ休みなのか聞いたところ返り討ちにあった。期待していただけにけっこうなダメージである。
 その後軽く他愛もない話をして電話を切った。あんまり長電話だと迷惑だろうし、わたしも明日仕事がある。恋愛ばかりに気を取られていてはいけない。ましてや相手は江戸の平和を守る職業だ。わたしのような一個人など江戸の平和と秤にかけるまでもない。

「(せめて、一緒に暮らせたらなあ)」

 携帯を握りしめていると胸が苦しくなった。そんなこと土方さんの職業上無理な話であり、もし結婚していたとしても同じこと。

「…結婚」

 不安なのかもしれない。恋人という、一言で崩れ去ることも可能な曖昧な枠にわたしたちは嵌っているから。土方さんかわたしがある一言を言ってしまえばわたしたちは赤の他人になってしまう。
 もし夫婦だったとしたら、結ばれるにも別れるにも色々な手続きがあり、一生モノだ。そう簡単には崩れることのない関係(のはず)。ただし、それ相応の覚悟が必要だけれど。

「…つらい」

 会いたい。土方さん。ずっと一緒がいい。わたしには、どこへでもついて行く覚悟があるのに。



「…仕事じゃないの?」
「おっといけねーなァ名前さん、自分の男が仕事だからって俺も仕事とは限らないんですぜィ」
「わかってます」

 昼間に普段着で町を歩いていれば非番だということは明らかである。ふう、と溜息をつくと沖田さんは口角をあげていただけの顔を真顔へと変えた。それはまるで、仕事で忙しいのに我慢できずにいるわたしを責めるかのようなものだった。
 それでは、と立ち去ろうとするとぱっと肩を掴まれる。何かあるのか。

「どこか行くんですかィ?」
「、いえ、今日は仕事が早く終わったので、少し買い物をしてから帰ろうと」
「ふーん。ま、今日は家で大人しくしてた方がいいですぜィ」

 どういうことか聞き返す前に彼の方が先に立ち去ってしまった。何かあるのだろうか、また、高杉さんが何かやらかすのだろうか。沖田さんが割とマジな顔をしていたから、おそらく本当に家にいた方が良い。
 それにしても、高杉さんに関しては着物を買ってもらったり暇を潰してもらったりしたからあまり悪い印象はない。指名手配犯だからたくさんの人を殺したのかもしれない、けれど。

 沖田さんに宣言した通り、今日と明日の分の食材を購入してすぐに帰宅した。買い物袋からいくつかを冷蔵庫にしまい、ソファに座り込む。まだ17時。仕事からあがる前にお店のクッキーをいただいたから、あまりお腹がすいていない。
 瞼がとろんとして、そういえば昨晩は結局夜更かししたことを思い出す。このまま晩ご飯は食い逃してもいいや、一人だし。眠気に逆らうことなく体の力を抜いたら、あっという間に眠りに落ちた。

 目を覚ますと、いい匂いがした。一瞬間を置いてからそれがおかしい状況だと気付き体を起こす。トントントン、とリズムよくまな板を叩く音も聞こえた。
 何故、いるのか。約束なんてしてなかったよね?

「ひじかた、さん…?」
「おう、起きたか」

 煙草を片手に、もう片方の手でするフライ返しは手慣れていて、この人なんでもできるんだなと思った。料理する姿なんて初めて見た。

「しばらく会えないんじゃなかったんですか」
「…おー、まあ、座れや。もう少しでできっから」

 わたしが何を作るつもりで買い物をしたのか知らないはずなのに、手元を覗くとわたしが作るはずだったそれがあった。

「お前の作る料理なんかわかりきってんだよ」

 それはわたしの料理のレパートリーが少ないということなのか。
 自分の考えていることがすべて、作りたかった料理も、気持ちも、すべてバレているようで、少しむっとした。悔しい。
 出来上がったご飯に、土方さんはいつも通りマヨネーズをぶちゅぶちゅとかけ始める。前に一度汚いと言ったらスルーされた。

「で、今日はまた、どうしたんですか」
「あ?まずいか」
「おいしいですけど、来るなら一言くらい、起きてたのに」

 次には返答せず。食べる手を止め、土方さんは煙草に火をつけた。もし土方さんと暮らすようなことがあったら、煙草は外で吸ってほしいなあ。壁が黄色くなってしまうし、自分も臭くなってしまうから。

「籍でも、入れるか」


 息が、止まった。耳を疑った。

「……は、」
「は?」
「…はい?」
「疑問形かよ」

「だって、そんな、唐突」
「嫌か」
「いやじゃ、ないですけど」
「じゃあ明日にでも行くか」
「え!待って!せきって何?え?何のこと?」
「結婚」

 そう言って土方さんは煙草を吸い、煙を吐いた。少し、涙が出そうになった。

「します」
「知ってる」
「…」
「一緒に暮らすってのはまだ無理だが、籍くらいはいいだろ」

 沖田さんはこうなることを知っていたのかもしれない。だから家にいるように言ったのかもしれない。

「親父さん達に挨拶行かねーとな」
「緊張する?」
「指名手配中のテロリストより怖ぇよ」


 願わくば、このささやかな幸せがいつまでも続きますように。

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