最低だとアリスは呟きました。彼女は現在どこかへ引きずられています。
何故アリスが最低と感じたのかというと、彼女は穴に落ちてしまったのですが、その際白ウサギにパンツを見られてしまったからです。唯一の救いは最近買った新しめのものということでした。
そしてその落ちてしまった穴は袋の中だったらしく、ぎゅうと袋の口を紐で閉じられ地面から持ち上げられ、現在どこかへ向かっています。引っ張っているのは誰だかはわかりません。白ウサギかもしれませんが、アリスには正直彼にこんな力があるとは思えないと思っていました。
「名前さん、息できてますか」
「え、テツなの?」
「失礼な。僕だってあなたを持ち上げることだって、ましてや引きずることくらい容易いです。帝光を卒業してからもバスケを続けているんですから」
男の子はすごいなあとアリスは思いました。その際聞こえる息切れはスルーしてあげました。
目的の場所へついたようです。引きずられる感覚は止まりました。袋が開けられる様子はないのでアリス自ら飛び出すと、そこは見知らぬ教室でした。白ウサギはいなくなってしまったようです。スカートの皺を直しながら、アリスはテーブルの上にある飲み物を見つけました。
「(…『飲め』、とか、)」
いろいろすっ飛ばしているとアリスは思いました。確か物語では鍵があって、小さな扉があって、鍵はその扉にしか使えなくて、けれどその扉は小さくて通れなくて…。不意にアリスが扉の方へ視線をやると、本来の大きさではない扉がそこにはありました。
「ちっさ!」
アリスの身長半分ほどの大きさでした。どうやってわたしはここに来たのだろうとアリスは疑問でした。しかしオリジナルストーリーの条件は整い始めています。そこでアリスは別のテーブルの上にある鍵を見つけました。そこには一つしかありませんでしたが、これがあの扉に合うはずだとさっさと扉を開けることにしました。
扉は難なく開きました。問題は通れるかどうかです。正直アリスは、しゃがみながらここを通れば出れると感じていました。しかしそれでは空気が読めていません。
アリスはもう一度あの飲み物に視線をやりました。そして、飲もう、と決めました。
その少し怪しげな飲み物はとっても甘い味がしました。しかし、一向に体が小さくなる様子はありませんでした。さすがに体が小さくなることはないかとアリスは現実を見つめ直しました。
「名前ちーん」
「どこから現れた」
すると突然アリスの後ろから声がしました。振り向くとそこにはテーブルの上に座ったチェシャ猫がいました。「猫耳、チェシャ猫?」「そうみたいだねー」。チェシャ猫はにやにや笑っています。アリスはあまりいい気持ちはしませんでした。すべてを見透かされているような感じがしたからです。
「何を知ってるの、敦」
「俺は別にー。名前ちんに会えるって聞いたから」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか、とアリスは思いました。「アリスー、かわいい」。チェシャ猫はテーブルから離れアリスに近付きます。チェシャ猫が座っていたのはテーブルだったのですが、彼は体が大きかったため最早椅子のようなものでした。
そこでアリスは気が付きました。チェシャ猫の登場が早過ぎないか、と。先程の飲み物には何の意味もない、と。つまりこれはそれ程本気のアリスごっこではないのだ、と。ならばこのまま逃げてしまってもいいのでは…。
しかしアリスはもう一つのことにも気が付きます。チェシャ猫の存在です。彼がそう簡単にやってくるわけがないのです。お菓子か、奴の指示しか考えられないのです。そして今ここでアリスをやめてしまえば裏で操っているに違いない奴がどんな行動をとるか、容易に考えることができます。
「かわいい、食べちゃいたい」
「ひいい」
考えている途中でアリスは逃げざるを得ませんでした。過去にチェシャ猫の『食べちゃいたい』宣言を甘く見たせいで、アリスのファーストキスはチェシャ猫だからです。しかしチェシャ猫の手足は長くすぐに捕まってしまいました。なんて恐ろしい猫なのでしょう。
「コスプレムラムラする」
「ひいいいい」
「甘い匂いする、おいしそう…」
「誰かああああ」
その後しばらくチェシャ猫はアリスをべろべろしました。久しぶりのことにアリスはすべて終わったあと腰が抜けて立つことができませんでした。同時に、これからも逃げたかったためにバスケをやめたのだと思い出しました。
「かわいいアリスに教えてあげる、ここ出て左に行けばいいよ」
「…ありがとう」
「また会うから。待ってるよー」
最後にちゅっと軽いキスをしてチェシャ猫はどこかへ消えてしまいました。そこでアリスは本来の大きさの扉を見て、先程の大きさは幻覚だったのだろうかととても不思議に思いました。